2022年2月3日木曜日

中村圭介ピアノリサイタル~抒情でたどるグリーグ

  昨晩は今年はじめて演奏会へ。大阪のザ・フェニックスホールで催された「中村圭介ピアノリサイタル~抒情でたどるグリーグ」がそれである(https://phoenixhall.jp/performance/2022/02/02/14017/)。ずっと楽しみにしていたものなのだが、その期待を遙かに超えた素晴らしい演奏会だった。

演目はグリーグが37年にわたって書き継いだ全10集の《抒情小曲集》全66曲から26曲が選ばれたものだが、これはなかなかに挑戦的なプログラムである。というのも、ひたすら小曲が連なるとなると、演奏者の(曲の配列と演奏の両面での)センスが露わになるからである。並のピアニストならば退屈極まりない演奏会になってしまう危険が十分にあるわけだ。が、中村さんが「並はずれた」ピアニストだとはわかっていたので何の心配もなかったし、事実、最初から最後までひたすら演奏に聴き入ってしまった。

グリーグは「小曲」の大家である。形式や音楽の組立てはかなりシンプルなのだが、決して単調には聞こえない。それは1つには個々の曲の「着想」を自然かつ十分に活かした音楽のつくりによるものであり、もう1つにはそれを支える「和声」の精妙さ(あのシェーンベルクが絶賛している!)によるものだろう。そして、今回の演奏ではとりわけ後者の面に改めて唸らされてしまった。定型の和声進行であってもそれに微妙な色づけをする音を加え、あるいはその定型からの逸脱を絶妙なタイミングで行うことなどで、グリーグの小曲はまさに「小宇宙」を生み出している。

実際の演奏でその「小宇宙」を十全に鳴り響かせるのはそうたやすいことではないのだが、中村さんはそれに見事に成功していたように思う。しかも、その演奏は精妙でありながらも「つくりもの」めいたところが一切なく、ごく自然に流れていったものだから、こちらの耳も構えることなくそれを自然に追いつつ音風景を楽しませてもらった。また、26曲の組み合わせも緩急・硬軟・明暗等々を織り交ぜた巧みなものであり、一晩の演奏会自体が1つの物語であるようにも感じられ、《抒情小曲集》第1集の第1曲〈アリエッタ〉の旋律が第10集の最終曲〈余韻〉で緩やかなワルツとして再現したときには胸が一杯になってしまった。中村さんがグリーグの卓越した「解釈者」であるとともに、自身の語り口を持つ魅力的なパフォーマーであればこそである。

 中村さんの演奏を私がはじめて聴いたのは(何年前かは失念したが)田隅靖子先生が主催している研究会でのことだった。会は「演奏の部」と「レクチャー」の二本立てで、実のところそのときは後者がお目当てで出かけたのだったが、前者に中村さんも出演していたのである。そして、何の予備知識も先入観もなく聴き始めた演奏(このときもグリーグだった)にあっという間に魅せられてしまう。その後にも2回ほど現代作品の演奏を聴く機会があったが、いずれも詩情溢れる見事なものだった(とりわけ、八村義夫の《彼岸花の幻想》が)。というわけで、私はすっかり中村さんのファンになってしまった。にもかかわらず、己の出不精とものぐさな性分のために、ずっと彼の演奏を聴く機会がなかった。そこで今回の公演のことを知り、「これは聴かねば!」と出かけてきたわけである。そして、結果は最初に述べた通りだ。というわけで、演奏者の中村さんに、そして、今回の演奏会(これまでにも数々のすばらしい演奏会を送り出してきた「フェニックス・エヴォリューション・シリーズ」としては「99」回目の演奏会)を支えたホールにも深くお礼を申し上げたい。