なぜだか急にガリーナ・ウストヴォーリスカヤ(1919-2006)の音楽が聴きたくなり、手持ちのCDを取り出してきた。ピアノ作品を収めたものである。最初の収録曲は《12の前奏曲》(1953)(https://www.youtube.com/watch?v=90gYt43IljA&list=RD90gYt43IljA&start_radio=1)だが、これが最初の音から頭にぐさっと突き刺さってくる。全くむだのない、少ない音で言いたいことを余すところなく言い切ってしまうこの音楽にはとにかく圧倒されてしまう。彼女のピアノ曲は全部で90分強なので、1回の演奏会に十分収まる。というわけで、誰か近場でやってくれないかなあ。
大野眞嗣『「響き」に革命を起こすロシアピアニズム』(ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス、2019年)を大学図書館で借りて読んでみた。日本における「ロシアピアニズム」の旗振り役の1人の著書であり、それなりに面白かった。とりわけ、日本のピアノ教育の問題点がいろいろと指摘されていたが、それは十分に頷けるものであった。また、「ロシアピアニズム」というものについての自分の知識の欠如を補ってくれる点でも有益であった。
が、それはそれとして、気になることもある。著者はコンクールの勝者数をあげ、「音楽の本場ドイツでもロシア人教授が増加」(前掲書、155頁)といった現状を示しつつ、「ピアニズムの本場はすでにロシアにある」(同、154頁)と言う。また、「ドイツ系やフランス系のピアニズムで弾いているピアニストが、ラフマニノフやスクリャービンを弾こうとしても、十分に表現できない」(同、69頁)と述べる一方で、「ロシアピアニズムはあらゆる作曲家の作品に通用する」(同)と宣う。こうした件を読むと、なんだか「ロシアピアニズム帝国主義」宣言のようでむずむずしてくる。コンクール勝者数の件についていえば、「なるほど、そういえばある時期からどのコンクールでも似たような演奏ばかりになり、音楽がつまらなくなったなあ」と合点がいくし(もちろん、これは「コンクール」というもの自体にも問題があろう)、「ロシアピアニズムに拠っているというわけではないドイツ系やフランス系、そして日本人のピアニストが弾くロシアものの中にも十分面白いものがあるのに……」と思わずにはいられない。同書はいろいろと有益な情報や知見を含んでるのに、これではぶちこわしである。ああ、もったいない(ちなみに私は「ロシアピアニズム」自体については興味がある。数ある流派の1つとしてだ。それだけのその特徴をもっと精確かつ客観的に論じてくれる人の登場に期待している)。
ところで、著者は「日本人にしかできない演奏を」(同、215頁)ということを述べているが、これには日本の音楽家のありようの1つとして大いに頷ける。著者の演奏をいくつか聴いてみたが、たとえば次のものなどは全くの「日本語的演奏」である(https://www.youtube.com/watch?v=TN1GKcG2L4g&list=RDTN1GKcG2L4g&start_radio=1)。普通の日本人の演奏よりもピアノがよく「歌って」いるので、その分「演歌」度も高まっているわけだが、これはこれでありだと思う(私の好みではないが)。