昨晩はBunraku Summer Festival( https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/bunraku/2026/bunrakusummerfestival/)を観に国立文楽劇場へ。演目がチャップリンの名作『街の灯』を翻案した『まちの灯』とあらば見逃すわけにはいかない。そして、これはやはり「大当たり」だった。
思えば原作の名画を観たのは40年以上前のこと。当時はNHKで昔の映画がしばしば取り上げられており、それでチャップリンの作品や『カサブランカ』『第三の男』その他の往年の名画を知り、楽しむことができたわけである。その中でも『街の灯』は感動的な一本として心に残っていた。その名画を文楽に翻案するとどうなるのか――この点に好奇心はあっても、不安は全くなかった。事実、仕上がりはまことに自然であり、文楽として大いに楽しみ、感動できたのである。
文楽ゆえに舞台は日本の大阪、登場人物も日本名であり、物語はごく自然に進んでいく。土台は喜劇なので随所で大いに笑わせてもらったし、最後にはじんとくるものがあった。主役の与次郎(!)の人形遣いは桐竹勘十郎だったが、今回、改めてそのすばらしい芸に魅了される。とりわけ大詰めでの微妙かつ繊細な(静止も含めての)動きからは微塵も目を離せなかった(その場面でのヒロインお花の人形遣い吉田勘彌もすばらしかった)。また、五段目から大詰にかけての太夫は豊竹若太夫だったが、これがまた実に見事(客席からは当然のように「待ってました!」の掛け声が……)。最初の第一声で観客を物語の世界へぐっと引き込んでしまい、最後までとらえて放さないのだ(この人ならば、原作の『街の灯』で弁士を見事に務めることだろう)。
では、「音楽」はどうだったか。この『まちの灯』が翻案ものの新作である以上、音楽(もちろん、太夫の伴奏も含まれる)は新たに書かれねばならなかったわけだが、今回それを担当し、自らも五段目から大詰にかけて出演した鶴澤友之助はこう述べている:
文楽がお好きなお客様も、チャップリンがお好きなお客様にも楽しんでいただきたいので、それを意識しました。オリジナルの映画の音楽も匂わすような旋律は少し入れておりますが、基本的には完全に古典の義太夫節です。奇抜ではなく斬新であるように、義太夫節の中に自然に溶け込むように一生懸命考えて作曲させていただきました(https://www.ntj.jac.go.jp/topics/bunraku/2026/bunrakusummerfestival/)。
「古典の義太夫節」のなんたるかをまだつかんではいない私に本当の意味で事の成否の判別がつくわけではないが、聴き手としてはその音楽には心から魅せられた。時折、いかにも文楽らしい音楽の中に時折西洋音楽的な要素が入ってくるのだが、それが少しも浮いてはおらず、そのとき舞台で演じられ、そして、語られている事柄にうまく合っているように感じられた。いや、お見事。
というわけで、とにかくまことに面白く、楽しく、感動的な舞台であった。こうした新作はこれからも機会があれば観てみたいものである。もちろん、古典の演目も。10月には『本朝廿四孝』を観に行くことになっているので、今から楽しみではならない。