2026年10月29日木曜日

それなりによい演奏ではあっても

  最近のことだが、たまたまつけたラジオで有名作曲家の有名作品が演奏されているのを聴いた。きちんとした、それなりによい演奏であり、その演奏家が誠実に音楽に向かい合っていることがよくわかるものだった。それゆえ、すがすがしさを覚えつつ、最後まで聴いてしまった。

だが、実際にその人の演奏会に自分が出かけることはまずないだろう。なぜか? 耳にタコができるほど聴き、聞かされてきた有名作品ゆえに、放送などならともかく、わざわざ出かける演奏会では尋常ではないものを求めたくなるからだ。そして、残念ながら、その放送での演奏からはそうしたものを感じられなかったのである。

繰り返すが、その演奏は実にきちんとした演奏であり、十分に音楽的であった。が、自分の耳は有名作品に対してはもはやそれでは満足できなくなってしまったのである。となると、有名作品ばかりが取り上げられ、さほど興味の持てない演奏家が出演する演奏会には足が向かなくなるのも仕方があるまい。

もちろん、数多いる演奏家のほとんどを私は知らないわけだから、「興味の持てる」演奏家に出会うためには演奏会に足繁く通う必要があるのかもしれない。が、自分にはいろいろな面でその余裕がないので、「偶々の出会い」を待つしかなかった。そして、振り返ってみれば、その「偶々」の中にむしろよい出会いがあったような気がする。できればこれからもそうであってくれますように。

 

 今や大学でも「カスハラ」が取りざたされるようになった。先日耳にした話だが、どこかの大学で学生に対して「カスハラに注意」する旨のメールが大学から一斉送信されたという。もちろん、ここでの「カス(タマー)」は「学生」のことである。これまでは教員に対して「アカハラに注意」ということがさんざん言われてきたわけだが、遂に学生が大学に対して行うハラスメントが問題にされるに到ったわけだ。何ともはや……。

2026年10月27日火曜日

メモ(166)

  日本語の詩に付曲する場合、旋律線のありようは言葉の高低アクセントに強く縛られることになる。すると、いくら詩としてはよいものであっても、歌にするとその魅力が失われてしまうということは大いにありうる。

 ならば、作曲家は先に好きに旋律をつくっておいて、それにあうように自分で詩を書くか、さもなくば詩人に言葉を書いてもらうかすればよかろう。ポピュラー音楽では「曲先」というのがあることだし……。

 さて、そのようにして後から書かれた歌詞を音楽抜きで詩として見た場合、最初から詩として書かれたものと比べて質の面で違いが生じるだろうか? 事情を知らない第三者に両方の詩を比較検討してもらうと、どのような結果になるだろうか?

2026年10月24日土曜日

パオロ・カスタルディの奇作《エリーザ》

  パオロ・カスタルディ(1930-2021)の奇作《エリーザ》(1964-67。以前、このブログで一度話題にしているが、拙著『黄昏の調べ』第3章第4節でも取り上げている作品)の楽譜つき動画を見つけた(https://www.youtube.com/watch?v=8zSJ7JH3LOA&list=RD8zSJ7JH3LOA&start_radio=1)。昔々、これを金澤攝さんの演奏で聴かせてもらったときにはびっくり仰天したが、今聴いてもやはり驚かされる。ブラックな喜劇のような作品であるが、同時にそこには現実への批判が込められているようにも聞こえる。ある時期のカスタルディ作品は趣向こそその都度違うものの、根本の姿勢は同じであり、そうしたカスタルディ作品は今現在でも輝きを失ってはいない。いや、「今現在でも」どころか、「今がこんな世の中であるからこそ」と言い直すべきだろうか(ヴァグネリアンが大激怒すること必定の《黄金 L'oro》(1968)を実演で聴いてみたいものだが、まず無理だろうなあ)

 

2026年10月22日木曜日

今年は岩城宏之の没後20年だとか

  指揮者の岩城宏之が亡くなって今年で20年だとか。私は自分が気になる人の生没年は頭に入っているのだが、彼の場合には生年しか覚えていなかった。私も岩城が日本の西洋音楽界で成し遂げたことの大きさには賞賛を惜しまない。それにもかかわらず、その「没後20年」に気づかなかったのは、この人のことがあまり好きではなかったからだろう(彼の言行にはいわゆる「歯が浮くような」ところが多々あった。たとえば、ベートーヴェンの交響曲を一日で演奏するなど、自己顕示欲の現れ以外の何ものでもなかろう。また、ふと思い出したのだが、岩城が指揮する演奏会で次のようなことがあった。演目に武満徹の《ノヴェンバー・ステップス》があったのだが、その前に岩城がトークを行い、その中で当日のプログラムに載せられていた曲目解説を批判し、書き手の無理解をなじっていたのである。実のところ、そこで岩城が言っていた内容自体は大いに首肯できるものだったのだが、それをああした場でわざわざ言うさまを目の当たりにし、「ああ、この人は嫌な人だなあ」とつくづく思ったものである)。

 では、なぜ、その「没後20年」を知ったかといえば、書店でたまたま岩城を論じた本が目に止まったからだ。そこで、手にとってぱらぱらとめくってみたところ、それがいわゆる「礼讃本」であることがわかった。もちろん、この手の本があって悪いわけではない。が、もし、本当に岩城の業績を讃えるのならば、冷静に彼の指揮者としての軌跡を具体的なデータでもって示した方がよかったと思う。岩城はいわゆる「現代音楽」に力を注いでおり、日本の作曲家の作品については必ずしも「前衛」とは限らないものも含めて多くの初演・再演を手がけてきた。それゆえ、その記録を示すだけでも十分な「オマージュ」になったに違いない(し、資料としての価値も高いものになったことだろう)。のみならず、「現代音楽」がまだ存在感を持っていた時代についての貴重なドキュメントになったことだろう。というわけで、誰かそうした本を著してくれないものだろうか。さらに欲を言えば、岩城の活動をその時代背景の中で冷静かつ批判的に描き出す「岩城宏之とその時代」のようなものならば、いっそうよい。岩城はそのようにして論じられる意義のある重要人物だと思うからだ(なお、日本の西洋音楽関係の人物について、「礼讃本」はいろいろあり、その中には読み応えのあるものもあるが、こうした「○○とその時代」の類の本は残念ながらまだ書かれていない。やはり、まだいろいろ差し障りがあるからだろうか。ともあれ、これはいろいろな「しがらみ」から自由な若い書き手に期待したいところだ)。

 ところで、岩城の「没後20年」に絡めてTower Recordsが彼の指揮した日本の作品の録音をCD4枚で復活させた(https://tower.jp/article/feature_item/2026/09/25/1121)。

そこでそのうち三善晃その他の作品を収めたものを聴いてみたが、すばらしかった。 1 曲を除き1960年代に書かれた作品がその完成からさほど時を経ずして演奏・録音されているのだが、こうした作品が生まれた時代の熱気を強く感じさせるものだった。岩城の指揮もこの頃のものは実によい(平吉毅州(1936-98)の《交響変奏曲》(1969)(https://www.youtube.com/watch?v=xSlk7CeP3oc&list=RDxSlk7CeP3oc&start_radio=1)と出会えたのはうれしい驚きだった。私にとってこの人は「合唱曲」の作曲家だったのだが、管弦楽でもこれほどの作品を残していたとは……。実はこの曲は少年時代に聴いてはいたが、そのよさが当時はわからなかったのである。全くお恥ずかしい限り)。

2026年10月20日火曜日

メモ(165)

 文楽や能を文楽劇場や能楽堂で観ていると、語りや謡にとって、やはりあのくらいの広さが適しているのだと実感させられる(クラシック音楽向けの中ホールで上演された文楽を観たことがあるが、やはり何かしっくりこなかった:https://kenmusica.blogspot.com/2025/08/)。日本語によるオペラも大ホールなどではなく、文楽劇場規模の小さな会場で演じられることを想定して書かれた方がよいのかもしれない。そうすれば、日本語の響きを曖昧模糊としたものにするベル・カントをわざわざ用いる必要はなくなるだろう。もちろん、その場合、もっと日本語に適した歌唱法や、そのような歌と会場のありように適した器楽部分の書き方を工夫する必要は出てくるだろうし、その結果、それがもはや「オペラ」と呼ぶには不適切な音楽になる可能性は大きい。だが、だとしても、私はむしろそのようなものを観てみたいし、聴いてみたい。

 

2026年10月18日日曜日

イヴ・ナットのベートーヴェン

  数日前からイヴ・ナット(1890-1956)が弾くベートーヴェンのソナタを聴きなおしている。これがまことにすばらしい(一例:https://www.youtube.com/watch?v=bgaBHoXpXvE&list=RDbgaBHoXpXvE&start_radio=1)。彼はフランスのピアニストだが、多くの同業者とはかなり毛色の異なる演奏をする。録音として残されているのはベートーヴェンのソナタ全集、シューマンのピアノ作品集(CD4枚)、ブラームスやシューベルトなど、ドイツ・オーストリア系のものがほとんどであり、いずれも並のネイティヴのピアニストを遙かに凌ぐ見事な演奏である。日本語版ウィキペディアを見ると「指捌きに難のあることが確認できる」などと書かれているが、だからどうしたというのか。彼ほどのベートーヴェンの弾き手はそうざらにいるものではないというのに。

 ナットの録音は多くが1950年代、すなわち、晩年になされているのだが、「よくぞやってくれました」と感謝せずにはいられない。その多くはYouTubeで聴けるので、ぜひ、お試しあれ(ナットの没後50年の2006年に15枚組のCDボックスがEMIから出ている。もはや生産中止だが、今でも中古で入手可能だろう。また、このボックスの再利用盤が他社から出ているが、こちらはまだ手に入る。音質はわからないが)。

 そのナットの弟子の一人にジャン=ベルナール・ポミエがいるが、彼もまたベートーヴェンのソナタ全集の録音に取り組んでおり、これもなかなかの名演である。が、今日調べてみたら、何としたことか、今年4月に亡くなっていた(1944年8月生まれとのことだから、81歳だったことになる)。ああ、またよきベートーヴェン弾きが一人減ったことだなあ。というわけで、現存、とりわけ若手ピアニストの今後に期待したい。 

 

 フランスでは大規模なデモが起こる(ただし、今回は「デモ」から逸脱した「暴動」的な部分もあり、これは全くいただけない)が、次々と問題が起こっているにもかかわらずこの国ではそんなことにはならない。国民性の違いというわけか。となると、日本人が奏でるフランス音楽も(言語の影響以外の面でも)やはりどこかが違うのだろうなあ。 

2026年10月17日土曜日

今年は矢代秋雄の没後50年であったか

  すっかり忘れていたが、今年は矢代秋雄の没後50年だった。私が矢代の名をはじめて知ったのは小学生の頃。音楽の教科書に彼の編曲がいくつか収められており、「秋雄」という名前の字面が印象に残った。

その人の作品に触れ、すばらしさに感動したのはその数年後のことである。現代の音楽を聴き始めており、その中で《ピアノ協奏曲》との出会いがあったのだ。さらに数年後、当時の自分には高価すぎた総譜ではなく、比較的安価だった2台ピアノ用編曲版の楽譜を入手し(それには「1984.6.26」と購入日が記してある)、折に触れ眺めていたものである。

 だが、その後「現代音楽」病が重症化し、矢代のような穏健な作風の作曲家からは遠ざかった時期もあった。が、病が癒えると愛も復活し、今に到るまで好んで聴いている(のみならず、矢代の種々の随筆を愛読し、『矢代秋雄和声集成』全3巻からもいろいろと学んでいる)。

 没後50年を経ても作品がそれなりに演奏され、聴かれ続けている作曲家というのは、数の上から言えばおそらく少数派だろう(この日本に限っても、どれだけの作曲家がそのように遇されているだろうか?)。もちろん、さらに50年後、つまり、没後100年まで矢代作品が残り続けているかどうかはわからない。が、たぶん、大丈夫ではなかろうか。その結果を知ることができないのが些か残念ではあるが。