最近のことだが、たまたまつけたラジオで有名作曲家の有名作品が演奏されているのを聴いた。きちんとした、それなりによい演奏であり、その演奏家が誠実に音楽に向かい合っていることがよくわかるものだった。それゆえ、すがすがしさを覚えつつ、最後まで聴いてしまった。
だが、実際にその人の演奏会に自分が出かけることはまずないだろう。なぜか? 耳にタコができるほど聴き、聞かされてきた有名作品ゆえに、放送などならともかく、わざわざ出かける演奏会では尋常ではないものを求めたくなるからだ。そして、残念ながら、その放送での演奏からはそうしたものを感じられなかったのである。
繰り返すが、その演奏は実にきちんとした演奏であり、十分に音楽的であった。が、自分の耳は有名作品に対してはもはやそれでは満足できなくなってしまったのである。となると、有名作品ばかりが取り上げられ、さほど興味の持てない演奏家が出演する演奏会には足が向かなくなるのも仕方があるまい。
もちろん、数多いる演奏家のほとんどを私は知らないわけだから、「興味の持てる」演奏家に出会うためには演奏会に足繁く通う必要があるのかもしれない。が、自分にはいろいろな面でその余裕がないので、「偶々の出会い」を待つしかなかった。そして、振り返ってみれば、その「偶々」の中にむしろよい出会いがあったような気がする。できればこれからもそうであってくれますように。
今や大学でも「カスハラ」が取りざたされるようになった。先日耳にした話だが、どこかの大学で学生に対して「カスハラに注意」する旨のメールが大学から一斉送信されたという。もちろん、ここでの「カス(タマー)」は「学生」のことである。これまでは教員に対して「アカハラに注意」ということがさんざん言われてきたわけだが、遂に学生が大学に対して行うハラスメントが問題にされるに到ったわけだ。何ともはや……。