2026年10月3日土曜日

マイルズの繊細な抒情性

  マイルズ・デイヴィス(1926-91)のアルバム『マイルズ・アヘッド』(1957)を随分久しぶりに聴いてみた(https://www.youtube.com/watch?v=6eDH5x0k9XU&list=RD6eDH5x0k9XU&start_radio=1)。ギル・エヴァンズの名アレンジは何ともcoolで、そこにマイルズの繊細で抒情的なプレイが絡むさまは何とも美しい。私がマイルズの音楽を好む理由の1つはこの「繊細な抒情性」だが、それは後年の彼の音楽でも失われることがなかったように聞こえる。

 

 ふと気になって吉田秀和がセザール・フランクを論じた比較的若い頃の文章を読み直してみた。が、一読後、私にとって彼は完全に「日本の洋楽受容史上の登場人物」になってしまったことを(以前から薄々感じてはいたのだが、今回は今更ながらに)痛感させられる。今後、私が吉田の書物を繙くことがあるとすれば、歴史の一齣を見るための史料としてでしかありえまい。

2026年10月1日木曜日

メモ(164)

  普通の生活の中で伝統邦楽に自然に触れられる機会の多かった世代の作曲家と、そうではなかった世代の作曲家の「日本(語)歌曲(オペラ)」を比べてみたら面白いと思う。伝統邦楽は日本語に節付けする際の重要な参照点であるとともに大きな縛りでもあったろうが、それを強く意識せざるをえなかった世代と、そうではない世代の「歌曲(オペラ)」には何かしら違いが見つかるのではなかろうか。 

2026年9月29日火曜日

メモ(163)

  ピアノの発表会で取り上げられる「定番名曲」というものがある。が、その中に20世紀、とりわけその後半以降に生まれた作品はどの程度入っているのだろうか。日本人作曲者の手になる「子供(初級)向け」の作品が選ばれることはあるにしても、同じ作曲家の本格的な作品が取り上げられることはあまりないのではないか。ともあれ、一度調べてみれば面白かろう。

2026年9月28日月曜日

なかにし礼の味わい深い言葉

  作詞家・小説家のなかにし礼(1938-2020)はベートーヴェンの第9終楽章「歓喜の歌」の訳詞を手がけているが、その序文で次のように述べている(ということを、今読んでいる渡辺裕先生の本で遅ればせながら知った)。とても味わい深いものなので、長くなるが孫引きしよう:

 

日本語で歌うと音楽の純度がさがるという。ということは言語で歌えば純度がさがらないということらしいが、なあにさがらないと思っているのは本人だけで、日本人がドイツ語を発音した瞬間にドイツ語はこわれているのである。どうせこわれるなら、無茶苦茶にこわして、自分の血とし肉とし、そのあとで何かを作り出せばよさそうなものなのにそれをしない。いつからか日本人はそんな風になった。むかしはそうではなかった。浅草オペラ時代のあの出鱈目さ加減と、あのエネルギーを思いおこせばわかることなのだが、あれは大衆芸能の話で、純音楽には関係ないと済まし顔でいう。しかし誰が何と言おうと、あの浅草オペラ時代が、日本が最高に西洋音楽を吸収した時期であったことに間違いはない。そのエネルギーの源はなんであったのかと言うと、当然のことながら言葉なのだ。日本語という言葉なのだ。

音楽の純度という目くらましに目がくらんで、言葉をないがしろにしはじめて、日本のクラシック音楽は活力を失った。オペラ、オペレッタ、歌曲。会場は限られたファンや専門家の溜り場であって、一般大衆は入りたいとも思わない場所になった(なかにし礼・詩『歓喜の歌日本語版―ベートーヴェン作曲「交響曲」第九番合唱終曲』、ハンナ、2018年)。

 

「ファンや専門家/一般大衆」という線引きの仕方には些か異論がないではないが、ここで述べられていることは概ねはその通りだと私も思う(し、私自身、近年は演奏会場の雰囲気に気圧されて次第に足が遠のいている)。

 私は以前、このブログでシューベルトの《冬の旅》の歌詞を松本隆が訳したものを話題にした(https://kenmusica.blogspot.com/2020/03/blog-post_10.html)が、オペラなどについても昔のようにどんどん訳詞でやればよいと思っている(私自身、学部学生時代に歌の教授が主催する会による日本語上演に合唱隊の一員として参加したことがあるが、とても楽しかった:https://kenmusica.blogspot.com/2021/08/blog-post_8.html)。もちろん、そのことにより原曲の何かが失われるのは確かだが、なかにしが言うように原語でやったところで「こわれている」のだから、「無茶苦茶にこわして、自分の血とし肉とし、そのあとで何かを作り出せばよ」いわけだ。原語上演が悪いというわけではないし、それはそれでけっこうなことだとは想う。が、「それしかない!」という原理主義は「日本のクラシック音楽」の「活力」をなおいっそう削ぐことになるに違いない。

2026年9月26日土曜日

〈ロボット三等兵の歌〉

  渡辺裕先生の『パロディにもほどがある!――〈替え歌〉文化の日本近代』(春秋社、2026年)を目下、とても楽しく読んでいる。そこで展開されている「論」はもちろん、そのためにあげられている具体例がまことに面白い。とともに、自分がこれまでに出会ってきた種々の替え歌を懐かしく思い起こしている。

 その中の1つに、前谷惟光(1917-74。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E8%B0%B7%E6%83%9F%E5%85%89)の名作漫画『ロボット三等兵』に収められていた〈ロボット三等兵の歌〉(という題名だったと記憶しているもの)がある。「歌」といってもそこに記されていたのは歌詞のみであり、〈天に代わりて不義を討つ〉の旋律を用いるよう指示されていた(なお、今回調べたところによると、この曲名は通称で、正式には〈日本陸軍〉が正しいそうだ:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%99%B8%E8%BB%8D_(%E8%BB%8D%E6%AD%8C)。私がこの漫画を貸本屋(!)で借りて読んだのは昭和40年代の終わり頃のことであり、当時の私がそんな歌のことは知るはずもない。そこで同居していた父方の祖母に(なぜかそのときは)弟が尋ねたところ、すぐにそれを歌ってくれ、弟もすぐに替え歌の歌詞でそれを歌ってみせた。その結果、この旋律はしかと私の脳裏に刻み込まれたのである。ただし、替え歌の歌詞とともに。

 その歌詞のすべてを覚えているわけではないが、たとえば上のリンク先にあげられている楽譜でいえば、「ちゅうゆうむそうのわがへいは/かんこのこえにおくられて」とあるところは「朝の三時に起こされて/大根切る手の冷たさよ」であり、最後の「ちかうこころのいさましさ」は「僕はロボット三等兵」となっていたはずだ。ともあれ、私にとっては件の旋律とともに浮かぶのはこの替え歌の歌詞の方であり、それはもはや変えようがない。この旋律は私にとっては軍歌のものではなく、旧日本軍の不条理を笑いのめした漫画の挿入歌のものとしてこれからもあり続けることになるのだろう。

2026年9月24日木曜日

エルネスト・アルフテルのギター協奏曲に魅せられる

  昨日たまたま選んだCDに収められていたエルネスト・アルフテル(1905-89)のギター協奏曲(1969 )(https://www.youtube.com/watch?v=hBtKk7YzMpY&list=RDhBtKk7YzMpY&start_radio=1)にぐっと心を掴まれた。このCDはこれまでに何度も聴いていたにも拘わらず、私の注意・関心は他の曲に向いており、今回、あたかも初めて聴くような感じがした。が、却ってそれがよかったのかもしれない。素直に音楽のありように耳を傾けることができ、その魅力に気づかされたのである。

 ところで、このアルフテルだが、私は彼の名を「ファリャの門弟」として認識していた。彼こそが師の未完の大作《アトランティーダ》を補筆完成した人であり、それを私も聴いてはいるが、私の関心はなぜか当人の作品へは向かわなかったのである。が、今回ギター協奏曲のすばらしさを知り、もっとこの人の曲を聴いてみたいと思った。彼に限らずスペインの音楽にはイタリアまでの西洋音楽にはないテイスト(おそらく、イスラーム世界との交流がもたらしたもの)が感じられ、それがまたよい。

 なお、このエルネストの兄ロドルフォ(1900-87)も作曲家であり、こちらも私にとっては未知の存在だったのだが、これを機会に聴いてみることにしよう。また、この兄弟の甥クリストバル(1930-2021)もまた作曲家であり、その作品にはいくつか触れてはいたものの、やはりこれまで私の関心外であった。が、改めてYou Tubeでいくつか聴いてみるとなかなか面白い。となると、俄に関心がわいてくる。彼の息子ペドロ(1971-)も作曲家(と指揮者)だというから、こちらも気になるところだ。

2026年9月22日火曜日

Noteを利用し始めた

  ホームページをつくる計画はいまだに実現していないが、それまでの繋ぎとして、自分の論考や翻訳をNoteに載せることにした。今日はその第1回として「松本民之助研究ノート(1)」を投稿した(https://note.com/ken_musica1966/n/nfa2c23ee3a50)。これ以外にもいくつかのネタを同時並行して書いていくつもりだが、果たしてどうなることやら。