2026年5月19日火曜日

メモ(156)

  音楽の演奏も一種の「語り」である以上、その語り口、レトリックの巧拙は聴き手の受け取り方に違いをもたらすことになろう。

 ある楽曲が聴き手にとって既知のものである場合、その新たな演奏に対して聴き手は「こうあって欲しい」という聴き方をすでに持っていることが多い。そして、その期待が大きく裏切られることに対して不寛容であることもまた……。だが、レトリックが巧みならば、自分の好みとは大きく異なる演奏であっても、聴き手は説得され、魅了されることもあろう。

 その都度一回限りの演奏行為において、レトリックというものの重要性がもっと考えられ、探られてもよいと思う(まあ、「名人」と喚ばれる人たちはそうしたレトリックをそれと意識せずに実践しているのだろうが……)。

2026年5月12日火曜日

田中勝則『中村とうよう 音楽評論家の時代』を楽しく読んだ

  田中勝則『中村とうよう 音楽評論家の時代』(二見書房、2017年)をご近所図書館から借りてきて読んだ。ポピュラー音楽の評論家として一時代を築き上げた中村とうよう(1932-2011)の評伝である。その名はいろいろなところで目にしてきたけれどもその仕事ぶりは知らなかったので、同書を図書館で見つけたとき、「いつか読まねば!」と思っていたのである。

著者はとうよう氏と親しかった人であり、文の随所に氏への愛情がにじみ出ているが、同時に描く対象から適度に距離を置いている。のみならず、「音楽評論、あるいはポピュラー音楽研究なんていうことをやってゆこうと思ったときに、中村とうようという音楽評論家が残したことがひとつの大きな壁として存在しつづけることは間違いない」(前掲書、576頁)と氏の足跡を讃えながらも、「とうようさんという存在は、超えてこそ意味があるのだ。[……]中村とうようは、ぼくたちにとって『永遠のライヴァル』なのである。それがこの評伝の結論だ」(同)と言い切るのだ。何とも清々しい言葉であり、とうよう氏への最高の讃辞であろう。

なお、同書「昭和ポピュラー音楽史」の一断面としてまことに面白い。こうしたものを読むと、そこで取り上げられている音楽をいろいろ聴きたくなってしまうので困る。時間は有限だからだ。が、それでも……。

 

2026年5月6日水曜日

メモ(155)

  ポピュラー音楽では「曲先(きょくせん)」、すなわち、歌の旋律を先に書いたのちにそこに歌詞を当てはめていくということも行われているようだが、西洋芸術音楽の日本歌曲の分野ではそうした話はあまり聞いたことがない(が、器楽曲として人気の出たものの旋律に後から歌詞を付けたものはある)。しかしながら、考えてみれば、この「曲先」という手法は作曲家が歌詞の高低アクセントの束縛から逃れる1つの有効な手段ではなかろうか(もちろん、この場合、後から付けられる歌詞の方が旋律の高低の制約を受けることになるが)。その際、歌詞も作曲者が自分で書ければ、なおいっそうよい。逆に、詩人が自分で旋律をつくってみてもよいかもしれない。

2026年5月2日土曜日

村井康司『あなたの聴き方を変えるジャズ史』に共感

  前回話題にした村井康司の著書がまことに面白かったので、同氏の別の著書、『あなたの聴き方を変えるジャズ史』(シンコーミュージック・エンタテイメント、2017年)をご近所図書館で借りてきて読んだが、これも実によかった。

著者のジャズ観はオープンで、「これがジャズだ。これしかない!」といった心の狭い、ことは決して言わない。著者はこれからのジャズについて、こう説くのだ――「『伝統芸能としてのジャズ』だけが『本物のジャズ』ではない、[……]既成の『ジャズ』からの自由こそが新たな『ジャズ』をもたらすのだ」(前掲書、277頁)。そして、こうも述べている――「ジャズははその最初からずっと『新しい耳』を持つ音楽家たちによって次のステージへと向かってきた音楽」(同書、278頁)であり、その「耳」とは「古い音楽から、それまで重要だとは思われていなかった、しかし実は重要な何かを聴き取る」(同)ものだと。

 この件を読んだとき、私は思った。「これはジャズに限ったことではなく、西洋芸術音楽でも同じことではないか」と(ちなみに、私が拙著『黄昏の調べ』の最終章で述べたこともこれと同じような考え方だ)。事実、その少し後で著者はこう言うのだ――「歴史に学び、しかし歴史にしばられないこと。[……]『不易流行』を目指すことにしか、ジャズの、いや音楽の、さらには文化の明日はない」(同)と。全く同感である。

 そうした結論に至るまでの同書の論述も実に面白く、そこで取り上げられていて自分が知らない音楽をいろいろ聴いてみたいと強く思った。

2026年4月26日日曜日

村井康司『世界史はジャズで踊る』に心躍る

  最近とても面白く読んだのが村井康司『世界史はジャズで踊る』(文春新書、2026年)である(https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166615278)。同書では「ジャズ」もさることながら、それに何らかのかたちで関わる他ジャンルのポピュラー音楽や民族音楽にもかなりの紙幅が割かれており、さまざまな音楽ジャンルの交流がまことに生き生きと描き出されている。いや、実に面白い。近年自分が興味を持っている「西洋芸術音楽の日本化」の問題を考える上でも同書は示唆に富む。

 同じ著者の『あなたの聴き方を変えるジャズ史』(シンコーミュージック・エンタテイメント、2017年 も読み始めたが、こちらもやはり面白い。読んでいると、そこで紹介されている音楽をあれこれ聴きたくなるが、時は有限なので「あれもこれも」というわけにはいかない’(残念!)。自身の直感で取捨選択するしかあるまい。まあ、それが「ご縁」というものだろうか。

2026年4月19日日曜日

メモ(154)

  今や大学の純然たる西洋芸術音楽の作曲科では学生が集まらないので、ポピュラー系の作曲科と統合されるところが出てきている。これを日本における「西洋芸術音楽の衰退」と嘆くむきもあろうが、私にはむしろ斯界のイノヴェィションの好機であるように思われる(もちろん、それを生かすも殺すも当事者次第だが)。

 

2026年4月16日木曜日

作曲家のDukasは「デュカ(ー)ス」と表記するのが正しいとはいえ

  Paul Dukasの姓を日本語表記する場合「デュカ(ー)ス」が正しい(種々の辞典・事典を見ればそのことはすぐにわかる)。が、しばしば「デュカ」も見かける。先日もドビュッシー関連の本を読んでいたら「デュカ」に出くわしたところだ。また、フランス帰りの人でさえ「現地の人がそう発音していたのだから『デュカ』が正しい」と宣う。

なるほど、フランス語の発音の原則からすれば、最後のsを発音しないのが普通だ。が、固有名詞の読み方には例外がいくらでもある。そして、それを「現地の人」が知らない場合もあろう(日本の場合で考えてみられたい。そうした例は枚挙に暇がないはずだ)。事実、デュカス本人がそのことを嘆いている。曰く、「hélasを『エラ』と発音しますか? しないでしょう! なのに、私の名はなぜ……」(これはエネスクの回想録の一節。手元に現物がないので正確な引用ではない)。同胞にさえ正しく自分の姓を呼んでもらえないことが多々あったのだろう。お気の毒様。

 とはいえ、外国語の日本語表記には必ずしも原語の発音の実態に即していないものが少なからずあり、それが「日本語」として定着している。実際に手持ちの『小学館 ロベール 仏和大辞典』を繰ってみると、Dukasの項には[dykɑːs]という発音が示されていながらも、語義には「デュカ、デュカス(1865-1935):作曲家」と記されている。すなわち、日本での異なる表記の仕方を受け入れているわけだ(そもそも、その発音記号を正確に反映させるならば、「デュカース」とならねばならないのに、そうはしていない。ちなみに、他のものを調べてみると発音記号中の延ばす音を示す補助記号[ː]はなかったり、()で示されていたりする)。それゆえ、「デュカ」という表記にいちいち目くじらを立てる必要はないのかもしれない。

 ……が、私個人としては、音に関わる音楽関係の固有名表記についてはもう少し何とかした方がよいと思っている(この点については以前も話題にしたことがある:https://draft.blogger.com/blog/post/edit/8370436117668253788/2310196875849302726)。

  ちなみに、昔は学校の教科書では「バイオリン」「ベートーベン」などと表記されたものだが、最新の学習指導要領を見ると幸いにもそれは改められていた。新聞などでも私が知る限りでは「バイオリン」だったが、今はどうなのだろうか。購読を止めて久しく、現状を知らないので、そのうちご近所図書館で確認してみたい。

 

 ショパン作品のペダル記号をきちんと見直してみると、確かに自分が思っていたよりも使用が格段に少ない(たとえば、いわゆる「革命」エチュードには一箇所も用いられていない!)。驚きである。もちろん、だからといって、楽譜に記されたペダル記号をいついかなるときでも厳守すべきだとまでは私は思わない。が、オリジナルの記号が示す音楽のありようにきちんと目と耳を向け、それを現代のピアノ演奏でどう活かすかを探ってみることは(ピアノ学生を含む)これからの「ショパン弾き」には欠かせまい。