2026年2月26日木曜日

《イベリア》の遠近感

  このところアルベニスの《イベリア》への愛が再燃している。昨晩もラローチャの録音(全4回中の2回目のもの)で前半を久しぶりに聴いたが、やはりすばらしい。今回改めて魅せられたのは、音楽が持つ独特の遠近感だ。それは多声的、多層的な書法のたまものだが、決してそれだけではない。ピアノという楽器をとことんまで活用する手法があってこそである。その点で《イベリア》は奇跡的な存在であり、だからこそ、いかなる編曲をもこの曲集は拒むのだろう。ピアノよりも多様な音色を駆使でき、音も自由に扱える管弦楽をもってしても(実際、いくつかの編曲あるが)、原曲で1台のピアノが生み出す遠近感は再現できまい。

もちろん、それを弾くピアニストには難行苦行が課されるわけだが、それを乗り越えた数少ない者は《イベリア》の音の世界を現実化する幸せを味わうことができる。そして、私も1人の聴き手としてそうした場にリアルタイムで立ち会う(つまり、すぐれた生演奏を聴く)機会が訪れることを強く願っている。

 

 ヘンレ社から出ていた4分冊の《イベリア》が昨年1冊にまとめられていたことを最近知った。そこで早速見てみたが、とくに変更点はないようだ。元の版が出てから10年以上間が空いていたのに、改善の機会を放棄したわけだ。もったいない。とはいえ、この版がショット社刊のもう1つの原典版、さらには春秋社の森安版とともに有用なのは確かだろう。