予告通り、法貴彩子さんの演奏会の感想を(於:大阪府豊中市、ノワ・アコルデ音楽アートサロン)。一言で言えば「夢のようなひととき」だった。演目は米国の作曲家モートン・フェルドマン(1926-87)の《バニータ・マーカスのために》(別の人の演奏だが、参考までに:https://www.youtube.com/watch?v=Z-8McgQeYQ0)。演奏時間が70分にも及び、音数が極めて少なく弱音に終始する作品なので、これ1曲で十分満足させられた。
さて、最初に「夢のような」と述べたが、これはたんなる比喩ではなく、音楽の中身がまさにそのように感じられたのである。すなわち、この曲(に限らず、ある時期以降のフェルドマンの作品は概ねそうなのだが)では、1つの音型や音形が一定時間繰り返され、それを聴いているうちに、まるで何かの夢を見ているような気分にさせられるのだ。しかも、 その繰り返しが突然破られて、いつの間にか別の場面へと移るさまも、まさに夢の中での出来事を思わせる。それゆえ、70分という時間は長くも短くもなく、演奏が続いている間、ひたすら美しくも不思議な夢を見続けさせられたわけだ。もちろん、それには法貴さんのまことに質の高いパフォーマンスが大いに与っている。過不足なく響きを造形するだけではなく、その先にある「何か」を垣間見せてくれるような演奏がこのフェルドマン作品には求められるわけだが、法貴さんの演奏はまさにそうしたものだったと思う。
今日の会場はこぢんまりとしたところだったが、音が身近に感じられたし、会場の雰囲気もとてもよかった。おそらく、今日の聴衆はフェルドマンを聴きながら、それぞれに自分なりの夢――というのも、作品の性質上、人によって聴き方が大きく違ってこざるを得ないので――を楽しく見たことであろう(同床異夢!)。
ともあれ、演奏者の法貴さんには心からお礼を申し上げたい。来年のベートーヴェン、リストとブゥレーズも今から楽しみである(その演奏会は「現代音楽」ファンはもちろん、「そうした音楽が嫌いだ」という方にもベートーヴェンとリストを聴くためだけにでも大いにお勧めしたい:https://phoenixhall.jp/performance/2023/02/07/16203/)。