2026年9月29日火曜日

メモ(163)

  ピアノの発表会で取り上げられる「定番名曲」というものがある。が、その中に20世紀、とりわけその後半以降に生まれた作品はどの程度入っているのだろうか。日本人作曲者の手になる「子供(初級)向け」の作品が選ばれることはあるにしても、同じ作曲家の本格的な作品が取り上げられることはあまりないのではないか。ともあれ、一度調べてみれば面白かろう。

2026年9月28日月曜日

なかにし礼の味わい深い言葉

  作詞家・小説家のなかにし礼(1938-2020)はベートーヴェンの第9終楽章「歓喜の歌」の訳詞を手がけているが、その序文で次のように述べている(ということを、今読んでいる渡辺裕先生の本で遅ればせながら知った)。とても味わい深いものなので、長くなるが孫引きしよう:

 

日本語で歌うと音楽の純度がさがるという。ということは言語で歌えば純度がさがらないということらしいが、なあにさがらないと思っているのは本人だけで、日本人がドイツ語を発音した瞬間にドイツ語はこわれているのである。どうせこわれるなら、無茶苦茶にこわして、自分の血とし肉とし、そのあとで何かを作り出せばよさそうなものなのにそれをしない。いつからか日本人はそんな風になった。むかしはそうではなかった。浅草オペラ時代のあの出鱈目さ加減と、あのエネルギーを思いおこせばわかることなのだが、あれは大衆芸能の話で、純音楽には関係ないと済まし顔でいう。しかし誰が何と言おうと、あの浅草オペラ時代が、日本が最高に西洋音楽を吸収した時期であったことに間違いはない。そのエネルギーの源はなんであったのかと言うと、当然のことながら言葉なのだ。日本語という言葉なのだ。

音楽の純度という目くらましに目がくらんで、言葉をないがしろにしはじめて、日本のクラシック音楽は活力を失った。オペラ、オペレッタ、歌曲。会場は限られたファンや専門家の溜り場であって、一般大衆は入りたいとも思わない場所になった(なかにし礼・詩『歓喜の歌日本語版―ベートーヴェン作曲「交響曲」第九番合唱終曲』、ハンナ、2018年)。

 

「ファンや専門家/一般大衆」という線引きの仕方には些か異論がないではないが、ここで述べられていることは概ねはその通りだと私も思う(し、私自身、近年は演奏会場の雰囲気に気圧されて次第に足が遠のいている)。

 私は以前、このブログでシューベルトの《冬の旅》の歌詞を松本隆が訳したものを話題にした(https://kenmusica.blogspot.com/2020/03/blog-post_10.html)が、オペラなどについても昔のようにどんどん訳詞でやればよいと思っている(私自身、学部学生時代に歌の教授が主催する会による日本語上演に合唱隊の一員として参加したことがあるが、とても楽しかった:https://kenmusica.blogspot.com/2021/08/blog-post_8.html)。もちろん、そのことにより原曲の何かが失われるのは確かだが、なかにしが言うように原語でやったところで「こわれている」のだから、「無茶苦茶にこわして、自分の血とし肉とし、そのあとで何かを作り出せばよ」いわけだ。原語上演が悪いというわけではないし、それはそれでけっこうなことだとは想う。が、「それしかない!」という原理主義は「日本のクラシック音楽」の「活力」をなおいっそう削ぐことになるに違いない。

2026年9月26日土曜日

〈ロボット三等兵の歌〉

  渡辺裕先生の『パロディにもほどがある!――〈替え歌〉文化の日本近代』(春秋社、2026年)を目下、とても楽しく読んでいる。そこで展開されている「論」はもちろん、そのためにあげられている具体例がまことに面白い。とともに、自分がこれまでに出会ってきた種々の替え歌を懐かしく思い起こしている。

 その中の1つに、前谷惟光(1917-74。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E8%B0%B7%E6%83%9F%E5%85%89)の名作漫画『ロボット三等兵』に収められていた〈ロボット三等兵の歌〉(という題名だったと記憶しているもの)がある。「歌」といってもそこに記されていたのは歌詞のみであり、〈天に代わりて不義を討つ〉の旋律を用いるよう指示されていた(なお、今回調べたところによると、この曲名は通称で、正式には〈日本陸軍〉が正しいそうだ:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%99%B8%E8%BB%8D_(%E8%BB%8D%E6%AD%8C)。私がこの漫画を貸本屋(!)で借りて読んだのは昭和40年代の終わり頃のことであり、当時の私がそんな歌のことは知るはずもない。そこで同居していた父方の祖母に(なぜかそのときは)弟が尋ねたところ、すぐにそれを歌ってくれ、弟もすぐに替え歌の歌詞でそれを歌ってみせた。その結果、この旋律はしかと私の脳裏に刻み込まれたのである。ただし、替え歌の歌詞とともに。

 その歌詞のすべてを覚えているわけではないが、たとえば上のリンク先にあげられている楽譜でいえば、「ちゅうゆうむそうのわがへいは/かんこのこえにおくられて」とあるところは「朝の三時に起こされて/大根切る手の冷たさよ」であり、最後の「ちかうこころのいさましさ」は「僕はロボット三等兵」となっていたはずだ。ともあれ、私にとっては件の旋律とともに浮かぶのはこの替え歌の歌詞の方であり、それはもはや変えようがない。この旋律は私にとっては軍歌のものではなく、旧日本軍の不条理を笑いのめした漫画の挿入歌のものとしてこれからもあり続けることになるのだろう。

2026年9月24日木曜日

エルネスト・アルフテルのギター協奏曲に魅せられる

  昨日たまたま選んだCDに収められていたエルネスト・アルフテル(1905-89)のギター協奏曲(1969 )(https://www.youtube.com/watch?v=hBtKk7YzMpY&list=RDhBtKk7YzMpY&start_radio=1)にぐっと心を掴まれた。このCDはこれまでに何度も聴いていたにも拘わらず、私の注意・関心は他の曲に向いており、今回、あたかも初めて聴くような感じがした。が、却ってそれがよかったのかもしれない。素直に音楽のありように耳を傾けることができ、その魅力に気づかされたのである。

 ところで、このアルフテルだが、私は彼の名を「ファリャの門弟」として認識していた。彼こそが師の未完の大作《アトランティーダ》を補筆完成した人であり、それを私も聴いてはいるが、私の関心はなぜか当人の作品へは向かわなかったのである。が、今回ギター協奏曲のすばらしさを知り、もっとこの人の曲を聴いてみたいと思った。彼に限らずスペインの音楽にはイタリアまでの西洋音楽にはないテイスト(おそらく、イスラーム世界との交流がもたらしたもの)が感じられ、それがまたよい。

 なお、このエルネストの兄ロドルフォ(1900-87)も作曲家であり、こちらも私にとっては未知の存在だったのだが、これを機会に聴いてみることにしよう。また、この兄弟の甥クリストバル(1930-2021)もまた作曲家であり、その作品にはいくつか触れてはいたものの、やはりこれまで私の関心外であった。が、改めてYou Tubeでいくつか聴いてみるとなかなか面白い。となると、俄に関心がわいてくる。彼の息子ペドロ(1971-)も作曲家(と指揮者)だというから、こちらも気になるところだ。

2026年9月22日火曜日

Noteを利用し始めた

  ホームページをつくる計画はいまだに実現していないが、それまでの繋ぎとして、自分の論考や翻訳をNoteに載せることにした。今日はその第1回として「松本民之助研究ノート(1)」を投稿した(https://note.com/ken_musica1966/n/nfa2c23ee3a50)。これ以外にもいくつかのネタを同時並行して書いていくつもりだが、果たしてどうなることやら。

2026年9月20日日曜日

長谷川潔展を観て

  所用(仕事に非ず)で東京に夫婦で出かけてきた。一泊二日の濃密かつ有意義な時間だったが、その中に版画家・長谷川潔(1891-1980)の展覧会を観ることも含まれていた(https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/26/260711/)。すばらしかった。以前から「気になる」人だったが、時系列で多くの作品に触れたのは今回がはじめてである。

この長谷川もまさに「我が道」をひたすら追究し続けた人だということが展示された作品からはわかる。彼が到達した全く独自の境地はもちろんすばらしいものだったが、そこに到る過程も実に興味深い。長谷川の創作歴それ自体が1つのドラマであり、作品であるように感じられ、まことに見応えのある展覧会だった。

 この長谷川の作品にも私は先日のワイエス同様「静けさ」を強く感じた(もちろん、その内実は異なるが)。のみならず、一見「冷たい」画面の中にもどこか飄々としたユーモアのようなものも感じられ、それがまたよかった。ともあれ、本当によい作品に触れることができ、日々を生きる活力を与えられた。ありがたいことである。それがどんなスタイルであれ、どのような内容であれ、また、どの程度であれ、それに触れることによって「元気になれる」ものが私にとってはよい芸術だと言える。そして、人生の残りの時間(がどれだけあるかは正確なところはわからないにしても、この年齢になれば、少なさを感じずにはいられないもの)を思えば、そうした「よい」芸術以外の芸術は自分には不要である。

2026年9月18日金曜日

渡辺裕先生の新著

  渡辺裕先生から新著をお贈りいただいた。ありがたいことである。先生の著書は常に刺激的なのだが、今回は書名からしてそうだった。『パロディにもほどがある!』というのがそれだ(https://www.shunjusha.co.jp/book/b10193846.html)。この書名を見て驚かされるものの、副題を見るとなるほどと得心がいく。それはすなわち、「〈替え歌〉文化の日本近代」というものである。それにしても、次々と面白いネタを掘り出してくる先生の眼力にはただただ感嘆させられる。のみならず、常にそれを見事に捌いてみせてきたのだから、今回もまたそうなのだろう。というわけで、これから読むのが楽しみだ。

 

 うれしいことにISMLPにダリウス・ミヨーの弦楽四重奏曲の楽譜がすべてアップされた。とりわけ、第12番はずっと見てみたかったのでありがたい。

 また、このサイトには音楽理論関連の著作・楽譜もいろいろアップされていっているが、先日、パリ音楽院の和声コンクール第1等賞受賞(つまり、卒業試験合格)者の答案集があげられていたのには驚く。これはある時期、年ごとに出版されていたもので、今回あげられていたのは1925年のものである(https://imslp.org/wiki/Le%C3%A7ons_d'harmonie_des_%C3%A9l%C3%A8ves_ayant_remport%C3%A9_le_Premier_Prix_aux_Concours_des_Classes_d'Harmonie%2C_Ann%C3%A9e_1925_(Various))。この調子でいずれ他の年のものもアップされるのだろうか? 

2026年9月17日木曜日

ちょっとしたアイディア

  西洋芸術音楽の作曲のコンクールで審査員を務めるのは普通、(概ね「現代音楽」の)作曲家である。もちろん、それが悪いというわけではない。が、審査を演奏家と聴き手に任せるようなものがあってもよいのではなかろうか。

たとえば、独奏ピアノ曲を課題とする場合、提出された作品をまず多くのピアニストによって事前審査する。その場合、「自分が喜んで弾いてみたいと思う作品」という観点から選んでもらう。次いで、そこで選ばれたいくつかの作品を本選の演奏会で取り上げ、その場に居合わせた聴衆のみならず、その演奏をインターネットで同時配信し、やはり「自分がもう一度喜んで聴いてみたいと思う作品」という観点から投票してもらう。このようにすれば、業界人以外には「ほとんど誰も喜ばない」ような作品が選ばれることはなくなるだろうし、選ばれた作品がレパートリーとして定着する可能性も出てこよう。もちろん、実際にこうしたコンクールを行うにはいろいろと解決しなければならない問題はあろうが、それでもやってみる価値はあると思う。

 

2026年9月15日火曜日

松村禎三《管弦楽のための前奏曲》の新旧の録音

  松村禎三の名曲《管弦楽のための前奏曲》(1968)を同じ指揮者、岩城宏之による新旧の録音で聴き比べてみた。新(https://www.youtube.com/watch?v=3fLwMcsIx0o&list=RD3fLwMcsIx0o&start_radio=1)は1992年、旧(https://www.youtube.com/watch?v=aEcBkk2p1_s&list=OLAK5uy_mgBXXAa3X0FDDyxip4PBlcGPW4vJXXWuk&index=1)は1970年の演奏・録音である。後者は作曲年に近い時期のものであり、前者はほぼ四半世紀後の演奏だが、随分感じが異なる。私は旧の演奏の方を好む。それに対して新の方からはどこか焦点がぼやけてた、冗長な感じを受ける(この曲の場合に限らず、ある時期以降の岩城指揮の演奏は総じてそのようなものに聞こえる。他方、若い頃の録音は現代作品の魅力をしっかり味わわせてくれる)。もっとも、これはあくまでも私の感じ方。新の方を「円熟」と聴く人もいるのかもしれない。

 

 さとうさおり氏は結局辞職することとなった。残念だが、自分の身を守るためにはそうせざるを得なかったのだろう。今までご苦労さまでした。そして、別の場面での今後の活躍に期待しています。

 それにしても、こんなことになるなんて、全く世も末である。この一連の件について若者の感想を聞いてみたいものだ。

2026年9月13日日曜日

ローレン・ラッシュも亡くなっていた

  前回に続いて「あの人は今(生きているのかな)?」と気になり、米国の作曲家、ローレン・ラッシュについて調べてみたところ、こちらも今年の2月に亡くなっていた。1935年の8月生まれなので、90歳だったということになる。

 このラッシュの名は日本ではほとんど知られていないが、なかなか魅力的な作品を書く人だった(もっとも私が知っているのも半世紀以上前の作品である)。追悼の意味で《dans le Sable》を久しぶりに聴く((https://www.youtube.com/watch?v=DQhQ0xqBGhw&list=RDDQhQ0xqBGhw&start_radio=1)。やはり名曲である。

2026年9月11日金曜日

ヴァーシャーリ・タマーシュが亡くなっていた

  時々、「あの人は今(生きているのかな)」?」と気になる。そこで今日はピアニストのヴァーシャーリ・タマーシュ(ハンガリー人なので名は「姓・名」の順)のことを調べてみると、果たして今年の2月に亡くなっていた。1933年8月生まれなので、92歳だったことになる。また一人、往年の名ピアニスト(たとえば次の演奏などどうだろうか:https://www.youtube.com/watch?v=RRl_O5LZhig&list=RDRRl_O5LZhig&start_radio=1)が世を去った。寂しいことだが、その分、現役のピアニストの活躍に期待しよう。

2026年9月9日水曜日

メモ(162)

  丸山眞男(1914-96)が熱烈な音楽愛好家だったのはよく知られたことであるが、その程度が半端ではなかったことは、中野雄『丸山眞男 音楽の対話』(文春新書、1999年)を読むとよくわかる。

 その丸山の音楽観や音楽論それ自体には今日さほど意味があるわけではないが、次の2つの点で分析、考察に値するものであろう。すなわち、①「丸山眞男」という人の考え方や感じ方を知り、理解する上での資料として ②日本の西洋音楽受容のある時期における1つの典型例として――この2点である。私は後者に興味がないではないが、それを追究する気力も時間もない。面白い研究になるはずだから、誰かやってくれないかなあ。

2026年9月7日月曜日

杉山哲雄先生のベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会シリーズ

  杉山哲雄先生からリサイタルのご案内をいただいた。ベートーヴェンが来年没後200年を迎えるにあたり、ピアノ・ソナタ全曲の演奏会シリーズを先生は行っているのだが(https://www.shin-en.jp/schedule20251002/)、今回お知らせいただいたのは「シリーズⅢ 傑作の森(全2回)」(曲目については上のリンク先を参照のこと)。大好きな「田園」ソナタも含まれているので聴いてみたいところなのだが、いかんせん東京は遠い(涙)。だが、来年の最終回、最後の3つのソナタは何としても聴きに行くつもりだ。

先生には横浜国立大学大学院在学中にピアノを教わった(今から35年前!)。私のピアノの腕は先生から本当の意味で教わるには全く不十分だったが、それでもやはり何かを教えていただいた(のみならず、70代後半になっても音楽家として自己のアップディトを怠らない先生のありようは、今なお私に何かを教え続けてくれている)と思っており、恩師の1人だと断言できる。その先生が現在どのようなベートーヴェンを奏でるのかに深い興味を関心を持たずにはいられない。

2026年9月5日土曜日

往年の「現代音楽」作品に魅せられる

  急に昔の日本の「現代音楽」が聴きたくなり、手持ちのCDを取り出してきた。松村禎三(1929-2007)、間宮邦生(1929-2024)、篠原眞(1931-2024)などの作品を久しぶりに触れてみたのだが、どれも皆、すばらしい。何気なく聴き始めたところ、すぐに音楽に引き込まれてしまい、耳が離せなくなった。昨今の「現代音楽」作品では残念ながらこうしたことはない。

 さて、その理由として考えられるのは、

 

①昨今の「現代音楽」作品の質が下がった。

②聴き手たる私の判断力が昨今の音楽に追いついていない。

③「現代音楽」というものがもはや時代に合わないものとなった。

④たんに私の趣味の問題。

 

といったことであろうか。

まず、①だが、たぶん、これはなかろう。少なくとも今世紀になってから私が耳にした新作はいずれも「よく書けている」ように思われるからだ。

次の②だが、そうした可能性を完全に否定することはできない(が、「無理に追いつかなくてもよいではないか」とも私は思っている。もちろん、自分の聴き方のイノヴェィションを怠るつもりはないが、それは流行に追いつく/追いつかないとは別の次元でなされるものである)。

続く③だが、私はこの点を強く感じている。先にあげた作曲家たちの作品は1950~70年代につくられたものだったが、それらを私は「過去の音楽」として聴いている。そして、その「過去」と作品のありように親和性を覚える。言い換えれば、「時代の表現」としての説得力を感じたのである。その点、昨今の「現代音楽」作品に対してそうした説得力を感じることはあまりない。それはすなわち、「時代の表現」としてはもっとふさわしいものが他にあるように感じられるということだ。

そして、最後の④だが、これは少なからずあると思う。上の③にしたところで、突き詰めればそれは私個人の感じ方の問題だと言えよう。とはいえ、作品に向き合うのは個人であり、世間(斯界)の評価など関係ない。要はその作品が自分の「胸に響く」かどうかが肝心なのだから。そして、それだけに、昨今の新作でそうしたものに出会いたいと心底思っている。そして、「現代音楽」の作曲家たちには、そうした音楽に否定的な聴き手をも魅了するような作品を書いて欲しいものだし、そうした作品が現れることへの期待を私は常に持ち続けているつもりだ。

 

 東京都議のさとうさおり氏が議員辞職を撤回したとのこと。喜ばしいことである。氏は親しい人に何かがあったり、自身も脅迫されたりしたとのことだが、とんでもないことだ。選挙できちんと選出された議員の活動が暴力的な手段で妨げられることなどあってはならない(それはさとう氏だけのことではなく、彼女に敵対する議員であっても同様)。議員には己の信条に従って存分に活動してもらいたいものであるし、さればこそ、投票する側としても一票を投じる意義があるというものだ。

2026年9月3日木曜日

静けさと厳しさと――アンドリュー・ワイエス展を観て

  今日はアンドリュー・ワイエス(1917-2009)の展覧会を観てきた(https://wyeth2026.jp/)。すばらしかった。ワイエスは米国の画家で、前世紀半ばに前衛美術が斯界を席巻していたときに、我が道を行き――具象的な表現――を続けた人である。実はこのワイエスのことはほとんど知らなかったのだが、今回、幸いにもその作品に触れる機会を得た(なお、以下に述べるのはあくまでも私個人の実感にすぎず、それに異論を持つ人も当然いることだろう)。

 まず胸を打たれたのは「ぶれのなさ」である。周りがどうであろうと、ワイエスは自分でこうと決めた道を行き、とことんそれを追究している。20世紀、とりわけその後半には次々と新技法が現れては消えて行ったわけだが、その中で少なからぬ画家はいとも身軽に路線変更を行い、「新しさ」を求めていった。が、ワイエスはそうではなく、「よりよい」表現を求め続けたようだ。とはいえ、それは決して己の作風に固執してその枠内で技術の深化を図ったものではない。自分の持ち味をどう活かすかを真剣に考え、虚心坦懐に描き続けたに違いない。

 ワイエスの数々の作品を目にし、そのいずれにも共通して受けた印象がある。それは「静けさ」だ。そこには「新しさ」や「独創性」を誇示しようとの「欲」は一切感じられない。彼が描き出そうとしているのはその内なる世界であり、それがしかるべき「強さ」と「厳しさ」をもってなされている。画面からは精神の余計な雑音が一切排除されており、そのために表現はまことに直截的なものになっているように私には感じられ、深い感動を味わった。

 そうしたワイエスの絵と好対照をなすのが、同じ美術館でなされていた昨今の「モダン・アート」の展示だ。ワイエスの作品は何の解説がなくとも観る者に強く何かを訴えかけてくるのに対して、今日観たモダン・アート作品はそうではない。作者自身の手で何やらもっともらしい解説が付けられているのでそれに沿って作品を観てみるのだが、一向にピンとこない。まして、解説がなければさっぱりわからない。こう言うと、「ワイエスの表現が具象的だからわかりやすいのであって、それとは異なる表現のものを同じ土俵で論じるのはいかがなものか」と反論されるかもしれない。が、問題はそんなところにあるのではない。具象的な表現による作品でもつまらないものは掃いて捨てるほどあるし、逆にモダン・アート作品でも有無を言わさずに迫ってくるものもあるのだから。表現方法の違いを超えて作品が観る者に訴えかける力――その大小の違いを私は問題にしているのであり、その点で昨今の少なからぬモダン・アート作品はワイエス作品には遙かに及ばないように私には思われてならない。

 そして、同じようなことを私は音楽の分野でも強く感じている。すなわち、昨今の「現代音楽」作品は私の心の琴線をほとんど震わせてくれない、と。そして、そのことを私はとても残念に思っている。今の時代にふさわしい音楽表現に触れ、心の底から感動したいのに……。それにはもちろん、聴き手たる私の側にも何か問題があるのであろう。が、決してそれだけではあるまい。

 おっと、ワイエス展の感想からかなり話がずれてしまった。が、今述べたような問題を改めて私に突きつけてくれるほどに彼の絵画は刺激的であった。

2026年9月1日火曜日

青い橋?

  ちょっとしたきっかけがあり、増山実『今夜、喫茶マチカネで』(集英社、2024年)を読む。私が学生時代を含めて14 年ほど暮らした界隈が舞台になっている小説であり、随所に懐かしい光景が現れる反面、知らなかったこともいろいろあり、とても楽しかった。もちろん、「小説」なので虚実入り乱れているわけだが、そこがまたよい(驚くべきことに、私が在籍した学科のことさえ話題として登場する)。

 物語の舞台となる街の駅名は「待兼山」で、商店街の外れにある橋が「青い橋」となっていたが、それは実際のものとは異なる。「まあ、小説だからなあ」と納得しながら読み進めていたのだが、最後の第七話になって、実際の駅名「石橋」(現在は「石橋阪大前」)と「赤い橋」が登場するのだ。しかも、その理由がすごい。実はパラレル・ワールドの話だったのである。それまで「人情話」として読み進めていただけに、これには驚いた(そういえば、この作品の前に読んだ『勇者たちへの伝言――いつの日か来た道』ではタイム・スリップが物語で重要な役割を果たしていた)。

 ところで、この『今夜、喫茶マチカネで』の中にとてもよい一節があった。第六話「風をあつめて」に登場する人物の台詞である:

 

一人一人が、自分にできることをやっていくしかないんや。自分ができることで、少しは人に喜ばれるようなことを、それぞれが突き詰めていくしかない。そうしたら、その未来が、今より悪うなるはずはない(同書、215頁)。

 

全く同感である(ちなみに、章名にある「風をあつめて」ははっぴいえんどの楽曲に由来する。今回初めて知ったのだが、よい曲だ:https://www.youtube.com/watch?v=PfFEPtJE0D4&list=RDPfFEPtJE0D4&start_radio=1)。