ちょっとしたきっかけがあり、増山実『今夜、喫茶マチカネで』(集英社、2024年)を読む。私が学生時代を含めて14 年ほど暮らした界隈が舞台になっている小説であり、随所に懐かしい光景が現れる反面、知らなかったこともいろいろあり、とても楽しかった。もちろん、「小説」なので虚実入り乱れているわけだが、そこがまたよい(驚くべきことに、私が在籍した学科のことさえ話題として登場する)。
物語の舞台となる街の駅名は「待兼山」で、商店街の外れにある橋が「青い橋」となっていたが、それは実際のものとは異なる。「まあ、小説だからなあ」と納得しながら読み進めていたのだが、最後の第七話になって、実際の駅名「石橋」(現在は「石橋阪大前」)と「赤い橋」が登場するのだ。しかも、その理由がすごい。実はパラレル・ワールドの話だったのである。それまで「人情話」として読み進めていただけに、これには驚いた(そういえば、この作品の前に読んだ『勇者たちへの伝言――いつの日か来た道』ではタイム・スリップが物語で重要な役割を果たしていた)。
ところで、この『今夜、喫茶マチカネで』の中にとてもよい一節があった。第六話「風をあつめて」に登場する人物の台詞である:
一人一人が、自分にできることをやっていくしかないんや。自分ができることで、少しは人に喜ばれるようなことを、それぞれが突き詰めていくしかない。そうしたら、その未来が、今より悪うなるはずはない(同書、215頁)。
全く同感である(ちなみに、章名にある「風をあつめて」ははっぴいえんどの楽曲に由来する。今回初めて知ったのだが、よい曲だ:https://www.youtube.com/watch?v=PfFEPtJE0D4&list=RDPfFEPtJE0D4&start_radio=1)。