昨年の『スクリャービン:ピアノ・ソナタ全集Ⅰ』以来、その登場が待ち遠しかったものである。
その『Ⅰ』には第1、2、5、7、9番と小品数曲が収められており、演奏の完成度の高さもさることながら、スクリャービンの独特の世界を見事に描き出されていることにただただ感嘆させられた。だが、今回の『Ⅱ』(第3、4、6、8、10と小品数曲を収録)にはそれをさらに上回る驚きが……。
何よりも惹かれたのは音の自由な浮遊感だ。スクリャービンの音楽、とりわけ後期作品の演奏ではこの点が極めて重要なのだが、まことに複雑に書かれた音のありよう――独特のポリフォニー、変幻自在のリズム、素早い状態の変化、等々――がピアニストにその実現を容易には許さない。その点、中野先生の演奏では見事に音が宙を自由に舞っている。このことは『Ⅰ』の演奏についても言えることだったが、この『Ⅱ』ではその度合いがさらに増しており、そのことに私は胸を打たれずにはいられない。
もちろん、ただ音が自由に浮遊するだけでは不十分だ。スクリャービンの音楽はまことに緻密に構成されており、そうした音楽の組み立てとドラマを説得力のあるかたちでピアニストは描き出さねばならない。この点については、それなりに巧みに聴かせるピアニストは(多くはないにしても)少なくはない。が、そこに浮遊感をもたせられる演奏家となると、これはあまりいないようだ。そして、今回の中野先生の演奏はその希有な例だと言えよう。
CDに収められた演奏はどれも見事だが、私個人の好みで言えば、第8番にもっとも心惹かれる。軽やかな音の舞いとその舞台となる堅固な音の構築に耳を奪われつつ、最後にはまさに忘我の境地に誘われるのだ。聴き終えても「我」を取り戻すのにしばし時間を要するほどに。また、ともすると熱演・力演に陥りがちな第3番でのえもいわれぬ軽やかさと抒情性も好ましい。というわけで、スクリャービン・ファンはもちろんだが、むしろ、彼の(とりわけ後期の)音楽に馴染みのない人に大いにこの素晴らしいCDをお勧めしたい。