2019年7月2日火曜日

アルベニスの《イベリア》による演奏論(2)

 《イベリア》の初版は作曲者の生前に出ているが、それ以後にきちんと校訂された楽譜が出たのはおよそ80年後。同国スペインの音楽学者・ピアニストのアントニオ・イグレシアスが編集した版がそれだ(Al puerto社刊、1989年。以下、「IE」)。きちんと自筆譜にあたり、既存の版の誤りを正しているという点でまことに画期的な版である。
 が、このIEにはもう1つ大きな特色がある。すなわち、元のテキストがあまりに演奏至難かつ読譜が難しいので、「弾きやすく」かつ「読みやすく」するために大胆に手を加えているのだ。たとえば、頻出する両手の交差を譜割りを変えることによって解消し、転調に際して調号を(場合によっては異名同音を駆使して複雑な音程を単純な音程に)書き換えるなどして、とにかくテキストの単純化・明瞭化を徹底して行っている(その具体例については、のちの回で改めて示すことにしたい)。
 そして、面白いことに、こうした書き換えはイグレシアスに留まらなかった。1998年にはやはり同国のピアニスト、ギレルモ・ゴンサレスによるもの(Schott社刊。以下、「GE」)、そして、2011年に同じくアルベルト・ニエトによるもの(Boileau社刊。以下、「NE」)が出ている。つまりは、それほどに《イベリア》というのは「難しい」作品だったわけだ。
 その間にこうした「実用版」だけではなく、いわゆる「原典版」も上梓されている。2種類の大きく編集方針の異なるものが。 
                                  (続く)