2022年4月28日木曜日

〈菩提樹〉でのもやもや

 シューベルトの名曲〈菩提樹〉を聴く(あるいは戯れに歌う)たびに、どうしてもひっかかりを覚える箇所がある。今日も同曲を聴き、胸の内に「もやもや」が生じてしまった。それは最初の節の締めくくりだ。それは歌詞でいえば‘da steht ein Lindenbaum’というくだりの最後の語であり、ここでは旋律が(移動ド読みで)「ファミレド」と下がってくるのだが、これがどうにも気になってしかたがない。というのも、この最初の節と同じ旋律が続いて繰り返されるからであり、このような場合、Ⅰ回目は「ファミレミ」というふうに「開いた」かたちにし、2回目で「ファミレド」と「閉じる」のが自然だからだ。

とはいえ、他ならぬシューベルトの歌曲である。そのような定石は十分承知の上でこの「歌曲王」は敢えてそこから外れるかたちにしたのであろう(自筆譜を見ると読み間違う余地なくはっきりと「ファミレド」と書いてある)。それゆえ後代の者はその意味づけをあれこれ試みているわけだ。かくいう私も自分なりに考えたことがあり、「それに続く‘Ich schnitt[……]immer fort’のくだりを含めて音のありようを見た場合、件の箇所の処理にはそれなりの理がある」といちおう思えるようにはなった(譜例つきで説明すべきところだが、面倒なので省略)。

もっとも、だからといって完全に納得できたわけではない。そして、そうした自分の感覚を裏づけてくれる面白い例を以前、意外なところで見つけた。それはドイツ語の発音の教科書(私は近年、外国語の発音の問題に遅ればせながら関心を持っており、そのお勉強のために目を通したもの)である。立川睦美・中川純子『ドイツ語発音発話徹底ガイド』(郁文堂、2019年)がそれで、そこでは〈菩提樹〉も取り上げられているのだ。幸い、その音がインターネットで聴けるので、まずはお試しいただきたい(次のリンク先のページにある‘Der Lindenbaum’:https://fit-aussprache.com/archives/535

すると、くだんの箇所を「ファミレド」ではなく「ファレミ」と歌っていることがおわかりいただけよう。なぜこうなるのか? ドイツ語の発音発話の定石を踏まえているからである(その内容が気になる方は同書をお読みいただきたい。なお、この歌い方での改編が教授目的のために意図的になされたものか、それとも歌い手が無意識のうちに変えてしまったものかはわからない)。

ともあれ、私はこれからもこの〈菩提樹〉という名曲を愛し続けつつも、同時に「もやもや」も抱え続けていくことになるのだろう。