昨晩はフランスの名ピアニスト、アンヌ・ケフェレック(1948-)を聴いてきた(於:ザ・フェニックスホール(大阪))。機会があれば実演を聴いてみたいと思っていた人であり、その期待は十二分に満たされた。今回の公演は元々4月に予定されていたものの振替だったが、演目も大きく変更されており、私にはむしろこちらの方が好ましい。それは次の通り:
(前半)
▼J.S.バッハ(ブゾーニ編):コラール前奏曲「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659a
▼J.S.バッハ:協奏曲 ニ短調 BWV974より「アダージョ」(原曲 マルチェッロ:オーボエ協奏曲)
▼J.S.バッハ:協奏曲 ニ短調 BWV596より「ラルゴ」(原曲 ヴィヴァルディ:合奏協奏曲 RV565)
▼J.S.バッハ(ペトリ編):カンタータ BWV208より アリア「羊は安らかに草を食み」
▼スカルラッティ:ソナタ ロ短調 K.27 / ホ長調 K.531 / ニ短調 K.32
▼ヘンデル(ケンプ編):クラヴィーア組曲 HWV434より 「メヌエット」ト短調
▼J.S.バッハ(ヘス編):カンタータ BWV147よりコラール「主よ、人の望みの喜びよ」
▼ヘンデル:シャコンヌ ト長調 HWV435
(後半)
▼シューベルト:ピアノソナタ 第21番 変ロ長調 D960
前半では概ね編曲ものによるバロック音楽、それも概して短調によるゆったりとしたテンポで旋律を歌い上げる曲が並ぶ。粛々とした調子の「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」で始まり、最後のシャコンヌで歓喜に到るドラマはまことに聴き応えのあるものだった(この選曲は、もしかしたら、CD録音の予定でもあるのだろうか?)。
この「小品集」の前半に対して後半は大曲が1つ、それも時代がかなり異なるシューベルト最晩年の傑作だ。が、すべてを聴き終えてみると、前半が後半の伏線だったのではないかと思ってしまう。というのも、私はその前半全体にいわば「生の悦び」を覚えずにはいられなかったのだが、後半のシューベルトにはそれがいっそう強く感じられたからである。この第21番のソナタ(を含むシューベルト晩年の曲)は「死」と結びつけられた演奏解釈をされることが少なくなく、それはそれで(よい演奏の場合には)説得力を持つものだが、私は時折そこに「読み込みの過剰さ」とどうしようもない息苦しさを感じてしまう。その点、昨晩のケフェレックが生き生きと奏でたシューベルトの音楽にはもちろん「悲しみ」や「苦しみ」もあれど、基調をなすのは「悦び」であった(と私には感じられた)。そして、それを聴く私も悦びで満たされたのである。というわけで、この名ピアニストには(そして、企画運営に携わった方々にも)心からお礼を申し上げたい。