今朝、いつものようにFM放送を聴くと、すぐには曲名のわからない管弦楽曲が流れていた。そこで30秒ほど聴いていると、「ははあ、これはシベリウスっぽいなあ」と思ったが、果たしてそうだった。彼の交響曲以外の管弦楽曲は2、3を除き、聴いたことはあるにしても頭に入っていないのだが、むしろそのために新鮮な気分で楽しめた。
その作品は《レンミンカイネン組曲》(別名《4つの伝説曲》)作品22(1893-95)。交響曲以前の作品だが、すでにシベリウスの個性が十分に発揮されており、実に面白い。それゆえ、また聴き直してみたいと思ったが、幸いCDは持っているので、これからそうすることにしよう。
今朝はそれ以外にも第6交響曲も取り上げられていたが、まことにすばらしい音楽である。それを聴きながらふと思ったことがある。すなわち、ドビュッシーとはかなり異なる流儀ではあるが、シベリウスの音楽でもまた「旋律性」と「音響性」が重なり合っている、ということだ(ちなみに、ドビュッシーは1862年、シベリウスは1865年の生まれで全くの同世代である)。そして、この個性は先にあげた《レンミンカイネン組曲》の段階ですでに現れており、第6交響曲などの時期には全く独自の境地に到っているわけだ。ともあれ、もう少し涼しくなったら、シベリウスの音楽をいろいろ聴き直してみよう。