2020年10月3日土曜日

岩﨑陽子 × 松本泰章 × Laurence Fanuel 『omokagé KYOTO / AIX-EN-PROVENCE』

 今日は次のところへ出かけてきた:岩﨑陽子 × 松本泰章 × Laurence Fanuel
『omokagé KYOTO / AIX-EN-PROVENCE』(https://nuitblanche.jp/events/omokage-kyoto-aix-en-provence/)。企画の岩﨑さんは「香りのアート・デザイン」を研究している方で、以前にもこうした「香り」絡みの展示を企画しており、そのときも興味深く拝見したが、今回もまた、2種類のよい「香り」を味わいつつ、場内のスクリーンに映し出された映像を眺めながら、楽しい、そして、少しばかり幻想的な時を楽しませてもらった(展示のコンセプトと内容については上のリンク先を参照)。今月末まで展示は続くので、興味を覚えた方は是非!

 学生時代、私は音楽学の研究室に所属していたが、美学のゼミにも参加させてもらっており、そこで岩﨑さんと知り合った。当時、彼女はメルロ=ポンティを主題に研究をしており、ばりばりの「理論派」だった。かく言う私もどちらかと言えばそうであり、ともに現象学に興味があったので、フッサールの『デカルト的省察』の原典をテキストに読書会をしたこともある。が、時は流れ、岩﨑さんはいつの間にやら「実践派」に転向しており、私も「実践」を重視する立場へと変わっていた。それゆえ、現在の岩﨑さんの研究に深い共感を覚え、敬意の念を抱いている。

2020年10月2日金曜日

秋の日の……

 日中はまだ暑いが夜はかなり涼しくなってきた。すると、「秋の日の……」ではないが、ヴァイオリンの音色が恋しくなる。のみならず、今年は自分でも弾いてみたい気分になっている(これは多分に辛い翻訳の仕事からの「現実逃避」願望の現れであろう)。

 学部学生時代と卒業後に合わせて数年間弾いたきりでその後はほとんど楽器に触っていないので(当時は楽器を買う余裕がなく、常にどこかから借りていたので、その都合がつかなくなって、それっきりである。また、その後の住環境ではヴァイオリンを弾くことなど無理だった)、ほぼ完全に弾き方など忘れてしまった。が、だからこそ、今、改めて初歩から練習を始めたら面白いかもしれない。

 もっとも、その際には騒音をまき散らし、家族に迷惑をかけることになるのは必定なので、仮に練習を始めるとすれば、「サイレント・ヴァイオリン」を使いたい。調べてみたらけっこう安価なものがあるようなので、初心者にはそれで十分であろう。さて、この「計画」は実行に移されるであろうか、それとも夢想に留まるであろうか。

 

 「サイレント」楽器で弦楽四重奏をやったらどうなるだろうか。かなりシュールな光景が現出することになるだろうなあ。しかも、既存の作品ではなく、この媒体の特質を活かした新曲を書くと面白かろう。何よりも演奏者自身の楽しみのために、そして、そのかすかな音を近くで聴く(のみならず、演奏のありようを観る)ことのできる者のために。

2020年10月1日木曜日

メモ(17)

  長らく音楽は「時間芸術」だといわれ続け、「時間」という面から音楽の本質やありようを探る試みはこれまでにいろいろあった。が、結局そこで論じられていたのは「時間性(Zeitlichkeit)」であって(「音楽的時間」などという言い方は、まさにその現れだ)、「時間(Zeit)」そのものには到達すべくもなかった。それゆえ、今やこの「古典的」問題は全く下火になっているようだが、「時間性」から具体的な音楽(作品)のありようをとらえようとすること自体はいまだに魅力的な問題であるように思われる。1つの音楽文化の枠内でのみならず、異なるもの同士を比較するという意味でも。