2022年11月15日火曜日

さわると秋がさびしがる

  先日、散歩道の紅葉を眺めていたとき、ふと「さわると秋がさびしがる」という一節が頭に浮かんだ。「そうだ、確かそんな題名の詩があったはずだ」と記憶の糸をたぐりよせてはみたものの、それ以上のことは思い出せない。そこで帰宅後に調べてみると、詩を書いたのはサトウハチローで、それに中田喜直が曲をつけていたことがわかった(この歌自体の解説:https://ysfc.weblogs.jp/chronofile/2006/10/post_4972.html、そして、歌の音源:https://www.youtube.com/watch?v=xXqaBSS4yrY)。 1967年8~9月にNHKの『みんなのうた』で初放送とのことだから、それなりに古い歌だということになるが、私は曲も詩の内容も全く知らなかった。にもかかわらず、曲名だけがなぜか頭の中に入っていたのである。

 その先日の散歩の際、件の題名のみならず、それに付随するかたちでなにやらヴァイオリンのフレーズも浮かんだ。「秋の日の ヴィオロンの……」というわけではないが、とにかく、ヴァイオリンがフラジオレットで奏でる音楽が確かに頭の中で鳴り響いたのである(それはそののち知った「童謡」の雰囲気とはおよそ異なるものだった)。その具体的な中身はもはや覚えておらず、雰囲気だけが脳裏に留まっているのだが、散歩中にまた、かすかな「ヴィオロンの」音が聞こえてくるかもしれない。

2022年11月12日土曜日

« Rien ne peut être fait sans la solitude.»

 « Rien ne peut être fait sans la solitude.(孤独なしには何も成し遂げられない)»――こう述べたのは、かのパブロ・ピカソ。先日、彼の展覧会を観てきたが、作品自体のみならず、そこで紹介されていたこの言葉に大いに元気づけられた。自分は研究の面で(積極的に好きこのんでではないにしても)概ね「孤独」に生きてきたが、「これでいいのだ」と改めて思った次第。もちろん、その利点を活かした成果をきちんと生み出さねばならない、とも。

 「孤独」といえば、セロニアス・モンクなどは、ある面でまさにそれを貫いた人だといえよう。そして、そんな彼の音楽を聴くと、やはり励まされる。

 そのモンクだが、人生のすべてにおいて孤独だったわけではない。周りには信頼できる人たちがいて、彼を支えていたのだから。そして、その意味でモンクは実に幸せな人である。

 かく言う私もこれまでの人生で少なからぬ人に助けられてきた。そうした助けがなければ今頃どうなっていたことか……(中には残念ながら疎遠になってしまった人もいるし、それを今更どうこうしたいとは思わないが、感謝の念は決して失っていない)。そんな私にできることとがあるとすれば、何か。それは、たとえ微力でも他の人の助けとなることをすることであろう。自分でできることなどたかがしれていると重々承知の上で。

2022年11月7日月曜日

春秋社から出ている拙著、拙訳書の在庫状況

 春秋社から出ている拙著、拙訳書の在庫状況は次の通り:

 

 (1)ジム・サムスン『ショパン 孤高の創造者』→品切れ・重版未定

 (2)『黄昏の調べ――現代音楽の行方』→在庫僅少

 (3)『演奏行為論――ピアニストの流儀』→在庫あり

 

 (1)はちょうど10年前に出たものだが、ようやく「品切れ」になった。たぶん、よほどのことがない限り重版はされないだろう。翻訳の出来はさておき、内容はすばらしい本(であり、訳註もかなり丁寧につけた)なので、ショパンの音楽を強く愛する人は今のうちに手に入れておいて損はないはずである(まだAmazonでは入手可能。紀伊國屋書店では注文不可になっている)。

 (2)は6年前に出ているが、これもあと数年で品切れになるだろう。この本では歴史も述べてはいるが、あくまでも主眼は美学的考察にあり、種々の「現代音楽史」と並べて読めば、その「違い」を楽しんでいただけるはずである。

 (3) は直接書店で手にとってごらんいただきたい。「ピアノ」以外の音楽に関心のある方にも。というのも、この本は「ピアノ演奏論」ではなく、西洋芸術音楽の演奏行為一般について論じたものだからだ。書名が感じさせるほどには内容は難しくないはずなので、是非!


 『ミニマ・エステティカ』の執筆は大いに難航している。夏休み明けに内容について大きな方向転換をしたためだが、それ以前の考え方にはもはや戻れない(し、戻りたくない)ので、とにかく奮闘を続けたい。

2022年11月5日土曜日

今日の気分

  今日の気分は、なぜかこれである:https://www.youtube.com/watch?v=ZB6GkA54n_Q。ミンガスにはとても興味があるので、いつか集中して聴いてみたい。

 それにしても、私が好んで聴くジャズは概ね1950~70年代のものであり、それ以前や以後のものにはあまり食指が動かない(もちろん、マイルズやハービーなど、自分が好むミュージシャンのものは別である)。なぜだろう? もう10歳若ければ、そうした時期のものも「お勉強」的に聴いたかもしれないが、もはやそんな時間はない。残念ながら。

2022年11月4日金曜日

ルビンシュタインはシマノフスキの親友ではあったが

 往年の名ピアニスト、アルトゥール・ルビンシュタインは作曲家カロル・シマノフスキの親友であり、作品の演奏者であったが、録音はそれほど行っていない。交響曲第4番(協奏交響曲)とマズルカの抜粋などがあるだけで、3曲のピアノ・ソナタ、とりわけ第2番と第3番や《メトープ》《仮面》などの傑作は録音されずじまいだった。

すると、こう勘ぐりたくもなる。つまり、「実のところルビンシュタインはそうしたシマノフスキの作品がそれほど好きではなかったのではないか?」と。もちろん、これは録音の有無からだけ判断するわけにはいかず、演奏会の記録をも丹念に調べて見る必要があろう。とはいえ、ルビンシュタインのレパートリーや演奏スタイルを思えば、やはり「実のところ……」と考えたくもなろうというもの。ただ、もしかしたら、本人にはその気があってもレコード会社からOKが出なかったのかもしれないが……。

そのルビンシュタインがベルリンでシマノフスキの第2ソナタを弾いたとき、ゲンリフ・ネイガウスはそれを聴いて己の才能に絶望し、自殺を図ったという(ルビンシュタインの自伝『華麗なる旋律』を参照のこと)。が、その後シマノフスキ作品の演奏を積極的に行うのみならず、(リヒテルを含む)弟子たちにも教えたのがこのネイガウスだった(ちなみに彼はシマノフスキの親戚である)。なるほど、スクリャービンの名手でもあった彼の演奏スタイルはシマノフスキとも相性がよい。手を故障する前のネイガウスによる第3ソナタはどのようなものだったろうか。聴いてみたかったなあ。