2020年10月27日火曜日

かつてFM放送で味わった幸福感

  昔は地方在住者にとってNHKの音楽番組というのはまことに貴重な情報源であり、また、広い世界に耳を開かせてくれる場だった。それゆえ、私は80年代の半ばまではFM雑誌を欠かさず講読し、予め聴きたい番組を調べて、準備を整えて放送時間を待ったものである。そのときの期待感、そして、実際に放送を聴いてすばらしい音楽に出会えたときの幸福感には得も言われぬものがあった。

 今となっては、私にとってNHK-FMというのは週に一度、オーディオ・ドラマを聴くためのものでしかない。昔に比べて楽しめる番組が減ったということもあるし、今やインターネットで多種多様な音楽に触れられるということもある。が、逆に、ごく限られた情報にしか触れることができなかったからこそ、FMを通して聴いたものが輝きを持っていたのかもしれない。とにかく、かつて味わった幸福感は完全に記憶の中のものになってしまった。わびしいといえばわびしいが、まあ、仕方があるまい。さて、現在の地方在住の少年少女はFMを聴いているのだろうか。そして、もしそうならば、果たしてそれをどんな感じで楽しんでいるのだろうか。

2020年10月26日月曜日

(比較的)都会に住んでいても

  (比較的)都会に住んでいても、地方で暮らしていた頃の発想や感覚が自分からはなかなか抜けきらない。それどころか、いつもこんなふうに考えてしまうのだ――「自分が今でも地方に暮らしているとして(まあ、東京に比べれば、現在の住まいも十分に「地方」なので、これは決してたんなる仮定ではない)、(都会ならばいくらでも聴けるような)特別な演奏会などはめったになく、気軽に都会に聴きに行けるような時間も金銭的余裕もないとすれば、その地域の限られた音楽資源をどう有効に活用して音楽生活を充実させられるだろうか?」と(なお、昨日話題にしたことは、まさにその一つの例だ)。

 こうした感覚は都会にしか住んだことがなく、かつ、容易に種々のイヴェントや情報にアクセスできてきた人(言い換えれば、大きな文化資本の所有者)にはなかなかピンとこないかもしれない。だが、文化の「地域格差」という問題が実際にあるのは間違いなく(たとえば、次のものを参照:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55353?imp=0)、この点を完全に度外視して音楽文化、音楽生活を考え、論じることは少なくとも私にはできない(もちろん、これは私個人の感覚であって、一般化するつもりはない)。

 しかし、こうしたことは「考え」ているだけではダメで、やはり何かしら自分なりに「動いて」みなければいけないとの思いをこのところますます強めている(コロナであまり動けないことの反動か?)。まあ、「動く」といっても、大したことではなく、自分の身近なところで人との関わりの中で音楽生活を少しでも充実させたい、ということにすぎない。さて、今の自分に何ができるだろうか。

2020年10月25日日曜日

大学の管弦楽サークルが地元作曲家に新作を委嘱すれば……

  どの都道府県にも国公立大学(法人)が最低1つはあり、たいてい、そこには管弦楽のサークルがある。そうしたサークルがそれぞれに地元在住の作曲家に管弦楽曲を委嘱したら面白いと思う(これは別に大学のサークルでなくてもかまわない。都会ではなく地方でも可能な1つの場の例としてあげたにすぎない)。

その際、演奏しやすさの面でも好みの面でも学生たちの要望を作曲家が柔軟に取り入れていくようにすれば、アマチュア向きの演目ができあがるだろう。そして、その演奏をインターネット上で公開し、楽譜レンタルにも対応できることを示せば、作品が面白ければ(国内に限らず)自分たちでも演奏してみようと考えるアマチュアの(場合によってはプロの)楽団が出てくるかもしれない。

ともあれ、初演を行う学生は新作の誕生に関わるという貴重かつ興味深い体験ができ、作曲家は管弦楽曲を実際の音にでき、そして、聴衆も新作初演の場に立ち会うことができるわけで、とりわけ地方の大学の場合にはこれは一大イヴェントとなろう。