2025年12月11日木曜日

モーツァルトのピアノ・ソナタで気になっていた箇所

  モーツァルトのピアノ・ソナタ第17番変ロ長調K570の第1楽章で昔からずっと気になっていた箇所がある。というのも、楽譜によって音が異なるからだ。

まず、次にあげる音源の3’03”頃の部分、動画中の楽譜でいえば2段目の第4小節、右手第3拍目からのB-A-Gという動き(以下、「①」と呼ぶ)に注目されたい(https://www.youtube.com/watch?v=6wiQE4LS9No&list=RD6wiQE4LS9No&start_radio=1)。まあ、ごく自然な順次進行であり、他声部とも協和している。『新モーツァルト全集』を含む多くの版ではこのように記されており、私が少年時代にこの曲を練習した楽譜も同様だった。

 ところが、これとは異なる音が記された版もある。日本でも広く用いられている「ウィーン原典版」、あるいはアルフレート・カゼッラが編集したRicordi版がそうなのだが、そこでは件の①中のBAとなっている、つまり、同音連打を含むA-A-Gという動き(以下、「」と呼ぶ)になっているのだ。今日、そのように弾いているものを探したところ、内田光子の演奏がそうだった(https://www.youtube.com/watch?v=-335tMRWRwM&list=RD-335tMRWRwM&start_radio=12’39”あたりを聴かれたい)。以前、この件を楽譜ではじめて見たとき、正直なところ驚いた。どこか不自然に感じられたからだ。そして、その感じはごく最近まで残り続けていたのである。

 ところが、あるとき、②の意味がわかったような気がした。つまり、これは続く小節にあるB- B-Aという動きに対応するものであり、いわば「こだま」のような面白い効果をもたらしているのだ、と(そのことは先にあげた内田の演奏を聴けばいくらかおわかりいただけよう「いくらか」というのは、この「こだま」をもう少しはっきりさせた方がよいと思われるからだ)。

 ちなみに、①は初版譜、②は欠落部分のある自筆譜に由来するものである(先にあげた箇所は実はその「欠落部分」に含まれるのだが、それに対応する再現部に箇所は自筆譜があるので、それに基づいて復元されている)。が、そのどちらか一方が正しくて他方が誤っているとする決め手はないようなので、演奏者が自分で選択するしかあるまい。そして、以前の自分なら迷っただろうが、今は躊躇することなく②を採りたい(が、だからといって①による演奏を拒みたくはない)。