2025年5月30日金曜日

ショパンの第3ソナタのヘンレ版を入手して

  前回話題にしたショパンの第3ソナタだが、その後、件のヘンレ版を入手した。また、今やなぜかなかなか手に入りづらいベーレンライター版を大学図書館から借りてきて、これら2つの版を手持ちのエキエル版と見比べてみた。

 ドイツの2つ版はフランス初版とそれをショパンが訂正した再版を底本としている。他方、エキエル版が採用したのはドイツ初版とそのために作曲家が用意した浄書譜だ。そして、両者の間には音や記号の違いがいろいろと見られる。

 ところで、これまでに出版されてきた同作品の種々の楽譜はドイツ初版(と作曲者の自筆譜)が元になっていたようだ(ドビュッシーが編集した楽譜でさえ!)。というのも、これまで自分が耳にした演奏はそこでの音と一致しているからだ。それだけに、今回ヘンレ版などで知った違いには驚かされることが少なくない。

 そのヘンレ版には面白い付録がある。それは何とドイツ初版の元になった自筆譜に基づく楽譜だ。昔の校訂版ならば両者から「いいとこどり」として1つの楽譜をつくりあげていたところだろうが(パデレフスキ版や以前のヘンレ版ショパン楽譜などのように)、今やそういうわけにはいかない(とヘンレ版の編者ミューレマンも述べている)。そこで利用者に1つの資料として提供することにしたわけだろう。それをどう利用するかは楽譜の読み手次第。もちろん、それは本体の楽譜についても言えることだが。

 それにしても、このところショパン作品への愛の深まりを感じている。件のソナタに限らず、種々の作品の譜面を読み返し、音を鍵盤上で探っているのだが、以前には気づかなかった点やいっそう面白く感じられるようになった点がいろいろと見つかる。これは何年か冷却期間を置いたからかもしれない(このショパンに限らず、自分が本当に好きな作曲家の作品の「鮮度」を保ち、長くつきあっていく上で、そうした期間は私には欠かせない)。

 

2025年5月24日土曜日

いや、もしかしたら……

  以前、ショパンの第3ソナタのベーレンライター版を話題にした:https://kenmusica.blogspot.com/2025/02/blog-post_4.html。その中で「たぶん、この『元』ヴァリアントが『本文』に昇格することはないかもしれない」と述べたが、今は「いや、もしかしたら……」と思っている。

 きっかけはヘンレ社から2023年に出ていた同曲の楽譜を見たからだ(恥ずかしながら最近、その存在に気づいた)。そこではまさにベーレンライター版と同様な処理がなされていたのである(次の頁で試し読みができる:https://www.henle.de/de/Klaviersonate-h-moll-op.-58/HN-871)。いや、これには驚いた。

そこで気になるのが、新批判校訂版を刊行中のピーターズ社がいずれ出すであろうこのソナタの楽譜だ。もし、それがヘンレやベーレンライターの側につくとすれば……。これまでの演奏の伝統があるので、そう簡単には件の箇所を皆が新本文で弾くようになることはないだろうが(通称「別れの曲」のある箇所のように)、長期的にはどうなるかわかったものではない。

 もちろん、たとえこの新しい版が主流になったとしても、従来の版が誤っているということではない。それがショパンが書いたものに基づいているのは確かなのだから。だが、それはそれとして、こうした事態に遭遇すると、SFで言われる「パラレル・ワールド」を目の当たりにさせられているような気がして面白い(この場合、件の箇所のどちらの稿を採るかで、世界は異なる2つのものに分岐することになるわけだ)。

 

 ところで、ジム・サムスンは『ショパン 孤高の創造者』(拙訳、春秋社、2012年。品切れで重版未定。たぶん、このまま姿を消すことになろう)第10章でショパンの出版譜について論じる中でヘンレ版も批判していたが、それは古い版、つまり、エーヴァルト・ツィマーマン編集のもののことである。同書の原典が書かれた時点ではその版しかなかったのだが、その後、別の編者たちによる新しい版が出だした(まだすべてが入れ替わっているわけではないので、同社のショパン楽譜を利用する方は要注意)。そして、その中の1つ『バラード集』(ノルベルト・ミューレマン編集)を見る限りでは、それはサムスンの批判を免れるものになっていると思われる(このことは同訳書の訳註で触れるべきことであったと反省している)。

 そのヘンレ社の『バラード集』は2008年に出版されているが、これを2006年刊のピーターズ社 のサムスン編集版と見比べると面白い。というのも、両者が「本文」に選んだ稿が異なっており、細部に違いが少なからずあるからだ。私個人の好みでは、第3バラードに関してはピーターズ版を採りたいが、ヘンレ版にもいろいろと教わるところがある。

 エキエル版が立派なものであるのは確かだが、それが「ファイナル・アンサー」だというわけではない(そもそも、そのようものは誰の手でもつくりようがないわけだが……)。

2025年5月22日木曜日

メモ(146)

  日本語は概ね「口先」で発音される。のどをしかと開いて奥から声を出す諸外国語の発音とは大違いだ(もちろん、そのどちらがよいとか悪いとかいう話ではない)。

 すると、この点でも日本人が演奏する西洋音楽は何かしら影響を受けているのではなかろうか(専門的な訓練を積んだ声楽家はそれを免れているだろうが)。

 

 昨日、夜にラジオをつけると、シベリウスの第2交響曲が聞こえてきた。大好きな曲なのでそのまま聴き続ける。すると、これまで馴染んできた演奏解釈とはかなり異なっているようだった。何とも軽やかで風通しがよいのである。「なるほど、こんなふうにもできるのだなあ」ととても面白く思った(演奏はエサ・ペッカ・サロネン指揮のフィンランド放送交響楽団)。そうした多様な営巣解釈を許容するのが「名曲」というものであろうか。

2025年5月20日火曜日

「美しい」でよいのか?

  ゲーテの『ファウスト』中の名文句に、「止まれ、お前はいかにも美しい(du bist so schön!)から」(森鷗外の訳。この「お前」はある「瞬間」に対して言われているものなので、「止まれ」の前に「時よ」などといった語が補われることが多い)というものがある。この台詞自体が「美しい」ものなので、元の文脈から切り離して使いたくなるようなものだ。

 とはいえ、私はその中の「美しい」という訳語にずっと違和感を覚え続けてきた。なるほど、schönという語の第一義は「美しい」だし、素直にそう訳すとまことに詩的な感じがする。が、この場合には「すばらしい」と訳す方が適切なような気がしてならない。訳さなければこの語の多義性は問題にはならないわけだが、訳すとなると最適な言葉を選ばないわけにはいくまい。それゆえ、「美しい」という訳語がいかに美しくはあっても、私ならば採らない。野暮だと言われるのを承知の上で。

2025年5月15日木曜日

「まさに、この一曲の中にすべてがある」

  「まさに、この一曲の中にすべてがあるんだ。こんなにも少ない素材で、ここまで完璧な結果を引き出せるんだからね」――これはラヴェルがある作品を評した言葉である(マニュエル・ロザンタール『ラヴェル――その素顔と音楽論』(伊藤制子・訳)、春秋社、1998年、74頁)。その作品とはサン=サーンスの第5ピアノ協奏曲。スコアを読み、演奏を聴いてみれば、ラヴェルの言うことがよく理解できるはずだ(https://www.youtube.com/watch?v=OVZcDkJ3-bQ)。

 ラヴェル自身のピアノ協奏曲は明らかにこのサン=サーンスの曲の延長線上にあるものであり、もっと遡ればモーツァルトに行き着く。それゆえ、ラヴェルとモーツァルトのピアノ協奏曲を賞賛しているのにもかかわらずサン=サーンスを俗悪だなどと非難するだけの人(たとえば、ある時期の吉田秀和)は、たぶん、前二者の音楽のある重要な一面を聴き落としていたのだろう。

 それはさておき、今日、随分久しぶりにこの第5協奏曲をスコアを眺めつつ聴いてみたが、全く無駄のない音遣いとそこで繰り広げられる遊びにはただただ感服させられるばかり。のみならず、このところいろいろあって曇りがちだった気分が晴れやかなものに替わっていくのを感じた。いや、まことにすばらしい音楽である。「現代の音楽」にもこうしたシンプルで胸を打つものがあればなあ……。

2025年5月11日日曜日

「1970大阪万博のサウンドスケープ」

  今日のNHK-FM「現代の音楽」は「1970大阪万博のサウンドスケープ(1) 未来都市へようこそ!」というもの(https://www.nhk.jp/p/rs/6J686W68QL/episode/re/ZPPW4P5W7W/)で、これは面白かった(題材の勝利!)。こうしたものをその場で体験できた人たちがつくづくうらやましい(私は当時4歳になる年だったので、当然、それはかなわなかった。いちおう、父親に連れられて万博に行ってきたということだが、ほとんど何も覚えていない)。

 伝聞形にせよこのあまりに輝かしいExpo 1970のことを知っているものだから、現在のExpo 2025には全く出かける気がしない。「もはや、そのようなものを行う時代ではない」と思うからでもある。

 とはいえ、それに出かけたい人のことをとやかく言うつもりはない。試しに大学の学生に尋ねてみると、皆、行くつもりだとのこと。なので、私はその感想を聞かせてもらうのを楽しみにしている(なお、私は学生には旧大阪万博の「太陽の塔」を見に行くことを強く勧めている。私も数年前に出かけてきたが、すばらしい体験だった。塔内では松村禎三の《祖霊祈祷》――最初に触れた番組でも取り上げられていた音楽――が流されており、気分を大いに高めてくれる。まだ行ったことのない方は是非、お試しあれ)。

2025年5月10日土曜日

メモ(145)

  西洋音楽の作曲技法を用いつつも伝統邦楽の流儀も視野に入れた、比較的大きな管弦楽とベルカントを捨てて日本語の美点を活かした歌唱法による「歌劇」(≒オペラ。あるいは、≠オペラ)を夢見てはいけないだろうか?

2025年5月7日水曜日

ベルクと武満

  このところなぜかアルバン・ベルクの音楽に心惹かれている。今日も《ルル組曲》をスコアを眺めつつ聴いたが、ふと、そこに武満徹の音楽がダブって見えた。そういえば、彼はベルクをかなり好んでいたとのことだが、今更ながら「なるほど」と納得した次第。

 武満作品のうち、とりわけ80年代以降のものに「ベルク色」がかなり濃く感じられる。もちろん、それはたんなる真似ではなく、武満独自の表現になっている。もっとも、それが私はどうしても好きになれない(それ以前の武満作品は愛聴している)。お手本のベルク作品は心穏やかに聴けるのに……。

 が、このベルクとて以前はそうではなかった。ということは、もしかしたら、いずれ80年代以降の武満作品も楽しめるときがやってくるのかもしれない(が、ベルクの音楽は対位法によって立体的であるのに対し、武満の音楽には対位法はほとんどなく平面的――これは「欠点」ではなく、「持ち味」――である。表面の響きが似ているところがあるにしても、音楽の実質は随分異なっているわけだ)。

2025年5月3日土曜日

今年はショパン・コンクールの年だとか

  今年はショパン・コンクールの年だとか。私はそんなことには微塵も興味がないので全く忘れていた。が、妻がたまたまその予備予選の動画を見つけ、私に教えてくれたのである。そこで、自分でも少しは演奏を聴いてみたが、やはり興味はわかない。コンクールの時代はとっくに終わっているし、そもそも「減点法」のコンクールで真の才能が(ごく稀な場合を除き)そうそう発掘できるはずもないので、「何ともご苦労なことだ」としか思えない(いや、これは些か辛辣すぎる物言いであった。コンクールにはこれから世に出ようとする若者に1つのチャンスを与えるという意義があることは私も十分に認めてもいる。とはいえ、そのチャンスの価値は昔よりは格段に下がってきているのもまた確かだろう。この点についてはレコード産業の栄枯盛衰も合わせて考える必要があろう。なお、コンクールというものに対する批判の1つとして、たとえば次のものを参照されたい:https://research.piano.or.jp/series/pandc/index.html)。

 さて、その予備予選の出場者の内訳だが、アジア勢の数字が異様に大いのに今更ながらに驚く。とりわけ中国は参加者166人中65人もいる(道理で、いつ動画を観ても中国人の演奏にお目にかかれたわけだ)。ついで、日本の(二重国籍者を含めて)23人、韓国の21人と続く(https://www.chopinist.net/chopin_competition/no19_preliminary.html)。さらに他のアジア諸国の参加者7人を加えれば、これだけで何と全体の69%を占めていることになる。

 中国人参加者の多さを見ると、かつての日本の「ピアノ熱」が思い起こされる。それは今やすっかり醒めてしまったものだが、ある時期から中国がその「熱」に罹ってしまったようだ(そのため、日本で不要になった中古ピアノは中国向けの重要な商品となった)。これがいつまでどのようなかたちで続くのか、少なからず興味が持たれるところだ。

 アジア勢の熱の高さに対して、欧米諸国はどうだろうか。ショパンの母国ポーランドの9人が参加者数としてはもっとも多いが、その程度であり、他の国の参加者はもっと少ない。もしかしたら、アジア勢には「参加することに意義がある」とする気風があるのだろうか? その点、欧米ではコンクールというもの(のみならず、西洋芸術音楽自体)に対する興味関心が薄れてきているように見える。

 ともあれ、今はいろいろな意味で西洋芸術音楽は大転換期にあると思われる。そして、これを乗り切るには従来の価値観に縛られていては難しかろう。が、西洋芸術音楽のこれまでの蓄積は真のイノヴェィションを成し遂げる才能の持ち主を生み出すかもしれない。