2025年5月15日木曜日

「まさに、この一曲の中にすべてがある」

  「まさに、この一曲の中にすべてがあるんだ。こんなにも少ない素材で、ここまで完璧な結果を引き出せるんだからね」――これはラヴェルがある作品を評した言葉である(マニュエル・ロザンタール『ラヴェル――その素顔と音楽論』(伊藤制子・訳)、春秋社、1998年、74頁)。その作品とはサン=サーンスの第5ピアノ協奏曲。スコアを読み、演奏を聴いてみれば、ラヴェルの言うことがよく理解できるはずだ(https://www.youtube.com/watch?v=OVZcDkJ3-bQ)。

 ラヴェル自身のピアノ協奏曲は明らかにこのサン=サーンスの曲の延長線上にあるものであり、もっと遡ればモーツァルトに行き着く。それゆえ、ラヴェルとモーツァルトのピアノ協奏曲を賞賛しているのにもかかわらずサン=サーンスを俗悪だなどと非難するだけの人(たとえば、ある時期の吉田秀和)は、たぶん、前二者の音楽のある重要な一面を聴き落としていたのだろう。

 それはさておき、今日、随分久しぶりにこの第5協奏曲をスコアを眺めつつ聴いてみたが、全く無駄のない音遣いとそこで繰り広げられる遊びにはただただ感服させられるばかり。のみならず、このところいろいろあって曇りがちだった気分が晴れやかなものに替わっていくのを感じた。いや、まことにすばらしい音楽である。「現代の音楽」にもこうしたシンプルで胸を打つものがあればなあ……。