2026年10月27日火曜日

メモ(166)

  日本語の詩に付曲する場合、旋律線のありようは言葉の高低アクセントに強く縛られることになる。すると、いくら詩としてはよいものであっても、歌にするとその魅力が失われてしまうということは大いにありうる。

 ならば、作曲家は先に好きに旋律をつくっておいて、それにあうように自分で詩を書くか、さもなくば詩人に言葉を書いてもらうかすればよかろう。ポピュラー音楽では「曲先」というのがあることだし……。

 さて、そのようにして後から書かれた歌詞を音楽抜きで詩として見た場合、最初から詩として書かれたものと比べて質の面で違いが生じるだろうか? 事情を知らない第三者に両方の詩を比較検討してもらうと、どのような結果になるだろうか?