2024年6月8日土曜日

労多くして……

  演奏家にとって忌まわしいのは「実際には演奏がかなり難しいにもかかわらず、少しもそんなふうには聞こえない」箇所であろう。こうした「労多くして功少なし」なものは演奏に長けていない作曲家がついつい書いてしまいがちなのだが、バルトークのようなピアノの名人の作品で見つかると、些か驚かざるを得ない。

 それは〈ピアノソナタ〉BB881楽章第145小節以降にある。そこでは右手がF#音をずっと保持しなければならないのだが、その上下で素早い音の動きが何度も入れ替わるのだ(次の動画の2’ 28” あたりから。楽譜がついているので、それもご覧いただきたい:https://www.youtube.com/watch?v=OQ44z_ZqzXk)。これを弾くためにはその保続音で素早く繰り返し替え指をしなければならず、これはまことに弾きにくい。にもかかわらず、聴き手にはそのことは微塵も伝わらない。なるほど、名人ピアニストたるバルトーク自身には難なく弾けるものだったのかもしれない。が、結局、彼は自分が理想とする響きを書き留めただけなのであって、その弾きやすさなどはどうでもよかったということなのだろうか。