2026年1月9日金曜日

フォーシェの和声課題の実施例

  たまたま次のものをYouTubeで見つけた:https://www.youtube.com/watch?v=xmtj0hqvMxY&list=RDxmtj0hqvMxY&start_radio=1

フランスの作曲家ポール・フォーシェ(1881-1937)の和声課題の実施例である。実に美しい音遣いであり、演奏もすてきだ。

フォーシェは「作曲家」というよりもむしろ、「音楽のエクリチュールの教師」と言う方が正確かもしれない。パリ音楽院で和声の教授を務め、優秀な弟子がそこからは輩出している(日本にフランスのエクリチュールの種を蒔いた池内友次郎(1906-91)もその1人である。なお、その池内の後継者たる矢代秋雄(1929-76)がパリ音楽院で師事したのはフォーシェの弟子、ジャック・ドゥ・ラ・プレール(1888-1969)だった。このドゥ・ラ・プレールの和声課題集も実に面白い。そこには著者自身の課題の実施例のみならず、それを他者が実施したもの――たとえば、師のフォーシェによるもの――や、逆に他者の課題の作者による実施例 ――たとえばフォレ――と著者の実施例が収められており、1つの課題について違った角度から学ぶことができる)。

 そのフォーシェの業績を知る手がかりとなるのが、2巻からなる和声課題集だ。私はそのうち1冊、『40の和声課題集』しか内容を知らないが、見事な「音楽作品」である。上の動画でなされている実施もその中の1題だ。フォーシェ自身の実施と見比べると(当然ながら)いろいろ違いがあって面白いし、「なるほど、こういうふうにもできるのか」と教えられもする。というわけで、上記の動画の作成者に感謝。

2026年1月8日木曜日

別のミニピアノ

  「ミニピアノ」でインターネット検索すると、出てくるのは子ども向けの「トイピアノ」である。もちろん、これはこれで面白い楽器だと思う(ジョン・ケィジの《トイピアノのための組曲》は佳曲である:https://www.youtube.com/watch?v=WC78T-i6pow&list=RDWC78T-i6pow&start_radio=1

 だが、私が最近心惹かれているのは別のミニピアノだ。こちらは仕組みの面では普通のピアノと同じなのだが、鍵盤の数が少ない。戦前の日本ではかなりの数のミニピアノが――フルサイズのピアノの代用品、あるいは、予備的段階のものとして――つくられたそうだが、今やその現物にはなかなかお目にかかれない。ところが、先日(このブログでも話題にしたが)アトリエ・ピアノピアでその稀少な楽器に触れることができたのである。なるほど、88鍵盤の現代のピアノに比べて鍵盤数がおよそ半分のミニピアノにはいろいろと制約がある。が、このミニピアノでこそ表現できる音の世界があるようだ(フォルテピアノ奏者、川口成彦氏による音例:https://www.youtube.com/watch?v=U0Q8scvyuE0&list=RDU0Q8scvyuE0&start_radio=1)。そして、そこに私は魅了され、すっかり心奪われてしまったのである(この楽器にも打ち込んでいる川口氏は素敵なアルバムを1枚録音しているが、これを聴いて私のミニピアノ愛はいっそう強まった:https://item.rakuten.co.jp/naxos/musis04/)。

  

2026年1月6日火曜日

ブリトゥンの没後50年

  今年はベンジャミン・ブリトゥン(1913-76)の没後50年であった。すっかり忘れていた。彼は生前にも高く評価されていたが、当時はまだ「現代音楽」に勢いがあったために、その評価も十分なものだったとはいえないのではないか(かく言う私も、このブリトゥンの偉大さに気づいたのは「現代音楽病」が癒えたのちのことである)。もちろん、今はそうではあるまい。

 このブリトゥンと同年生まれなのがポーランドの「現代音楽」の名作曲家、ヴィトルト・ルトスワフスキ(1913-94)である。2人の作風の隔たりの大きさは、まさに20世紀という時代の一面を映し出しているように思われる(ちなみに、私はどちらの作曲家も大好きだ。彼らの作品を並べた演奏会があれば、喜んで聴きにいくのになあ)。

2026年1月4日日曜日

バルトークの当たり年

  今から100年前の1926年にバルトークは《戸外にて》《ピアノ・ソナタ》《ピアノ協奏曲第1番》などの名曲を完成させている。ものすごい「当たり年」だと言えよう。そして、これらは普通のレパートリーとして定着して今日に到る。

 100年も生き残る音楽作品が果たしてどれほどあるものだろうか。1926年作に限らず、20世紀の作品について、いろいろと調べてみれば面白かろう。

 100年といわず、50年ではどうか? だが、1976年に生まれた音楽作品の中で今日でも演奏されているものは、1926年作よりも少ないにちがいない。

 いわゆる「現代音楽」作品の中で、いったいどのようなものがレパートリーとして生き残っているのだろうか。そして、その「生き残り」の条件とは何だろうか。

2026年1月3日土曜日

「世界一面白くない」会社(!?)から出たCDセット

  昨年末にフリードリヒ・グルダ(1930-2000)が生前に発表したディスクをかなりのところまとめたものが出ており、それを今楽しく聴いている。彼はクラシックとジャズの2つの領域を行き来しつつ独自の芸風を築いたピアニスト=作曲家だが、たぶん、これからもその録音は聴き継がれることだろう。 

 ところで、そのCDセットを出したのはドイツ・グラモフォンだが、グルダは生前、そのレィベルについて、こう言っている(もちろん、それはあくまでもグルダ個人の評価だ):

 

 あそこの路線は世界一面白くない、。[……]あそこにはあそこの路線があって、そこから外れることは絶対しない。そんなわけで、あそこじゃあ、グルダ氏はほんの端っこにいるのがせいぜいで、ほんの時たま会社のイメージに合致するだけなんだ(フリードリヒ・グルダ『グルダの真実――クルト会社・ホーフマンとの対話』(田辺秀樹・訳)、洋泉社、1993年、612頁。なお、同書の新版がちくま学芸文庫から出ている)。

 

いやはや、何とも酷い物言いである。が、事実、グルダが同社で録音したディスクは10枚に満たず、大半のディスクは他のところから出ている。にもかかわらず、今回出たセットではその「他のところから出ている」ものについても皆、ドイツ・グラモフォンの印が付けられている。つまりは、同社が権利を取得して、自社製品として出したわけだ(ちなみに、昨年早々にグルダのパートナーで彼の遺産管理をしていたウルズラ・アンダースが亡くなっている。このこととこのディスク・セットの登場は無関係ではあるまい)。さて、泉下のグルダはこれをどう思うだろうか。まあ、無頼派の彼のことだから、そんなことは気にしないかもしれないが。

2026年1月2日金曜日

軌道修正

  ああ、何としたことか。『ミニマ・エステティカ』と題する書がすでに出ていたとは……(https://cir.nii.ac.jp/crid/1971993809756510863)。まあ、誰かがすでに考えていて当然の書名だったから、仕方あるまい。

 というわけで、「はじめに」の部分をすっかり書き改めるとともに、新たな書名を考えねばなるまい(副題に予定していた「音楽する人のための美学」でも悪くないが、もう一ひねりしたいところだ)。が、そのことで基本的な方向が変わることはないので、とにかくどんどん書き進めて、今年こそは何とかかたちにしなければ!

 

 

2026年1月1日木曜日

2026年の抱負

  2026年が始まった。恐ろしいことに私は今年還暦を迎える。振り返れば「恥の多い生涯を送ってきました」のだが、時計の針は戻せない。というわけで、これからの時を大切にして「今を生きる」しかない。

今年の目標は2つ。1つは長年の懸案『ミニマ・エステティカ』を仕上げることであり、もう1つは松本民之助研究を進めて何らかのアウトプットすることである。後者については諸般の事情で先延ばしにしていたのだが、もうそんなことは言ってはいられない。とにかく、今「やるしかない!」である(さらに言えば、Noteでもう少しきちんとした文章を書きたい。これは昨年すでに言っていたことだが、今年こそは!)。

 

さて、今年はマイルズ・デイヴィスの生誕百年。なので、朝一番に彼が奏でるマイケル・ジャクソンの名曲〈ヒューマン・ネイチャー〉を聴く。年明けにふさわしいすばらしい音楽だ。

「生誕百年」を記念するのはマイルズだけで私には十分なのだが、他にもハンス・ヴェルナー・ヘンツェやクルターグ・ジョルジュ、そして、ジョン・コルトレーンなどのことも気になるところだ(ちなみにクルターグはまだ存命!)。