昨年末にフリードリヒ・グルダ(1930-2000)が生前に発表したディスクをかなりのところまとめたものが出ており、それを今楽しく聴いている。彼はクラシックとジャズの2つの領域を行き来しつつ独自の芸風を築いたピアニスト=作曲家だが、たぶん、これからもその録音は聴き継がれることだろう。
ところで、そのCDセットを出したのはドイツ・グラモフォンだが、グルダは生前、そのレィベルについて、こう言っている(もちろん、それはあくまでもグルダ個人の評価だ):
あそこの路線は世界一面白くない、。[……]あそこにはあそこの路線があって、そこから外れることは絶対しない。そんなわけで、あそこじゃあ、グルダ氏はほんの端っこにいるのがせいぜいで、ほんの時たま会社のイメージに合致するだけなんだ(フリードリヒ・グルダ『グルダの真実――クルト会社・ホーフマンとの対話』(田辺秀樹・訳)、洋泉社、1993年、61、2頁。なお、同書の新版がちくま学芸文庫から出ている)。
いやはや、何とも酷い物言いである。が、事実、グルダが同社で録音したディスクは10枚に満たず、大半のディスクは他のところから出ている。にもかかわらず、今回出たセットではその「他のところから出ている」ものについても皆、ドイツ・グラモフォンの印が付けられている。つまりは、同社が権利を取得して、自社製品として出したわけだ(ちなみに、昨年早々にグルダのパートナーで彼の遺産管理をしていたウルズラ・アンダースが亡くなっている。このこととこのディスク・セットの登場は無関係ではあるまい)。さて、泉下のグルダはこれをどう思うだろうか。まあ、無頼派の彼のことだから、そんなことは気にしないかもしれないが。