2021年9月18日土曜日

〈ジュネーヴの鐘〉

  先日、『物置のピアノ』(似内千晶・監督、2014年)という映画をインターネットで観ていたら、はじめの方でリストの隠れた(?)名曲〈ジュネーヴの鐘〉(https://www.youtube.com/watch?v=_Xfnh4MnzEM)を主演の女の子が弾くシーンがあり、「おや、なかなか面白い選曲じゃないか」と思い、続きへの期待が俄然高まった。……が、残念ながらこの選曲には別に何の意味もなく、映画の中で二度と使われることはなかった(この映画自体も別に可もなく不可もなくといった体のもので、私がもう一度観ることはないだろう)。

 「残念ながら」というのは、〈ジュネーヴの鐘〉という曲が持つイメージの喚起力のゆえであり、つまり、この曲をうまく使えば、映画自体の質もさらに上がったのではないかと思われるからだ。まことにシンプルな音楽だが、いや、むしろそうだからこそ――言い換えれば、すべてを語り尽くさず、適度に「余白」を持つ音楽であるがために――、この〈ジュネーヴの鐘〉からはいろいろなものを人は自分なりに聴き取れるはずであり、そのことは映像と物語にプラスに作用したはずである。もちろん、この曲自体は短いものなので、場面の必要に応じて適宜アレンジしつつ用いる必要はあろうが、うまく編集すれば、1つの映画を支える音楽上の「主題」たりうると私は思う。

 この〈ジュネーヴの鐘〉は《巡礼の年・第1年》の最終曲であり、今やこの曲集はそれなりにメジャーなので、「隠れた名曲」というのは当たらないかもしれない。が、曲集の中ではどちらかといえば目立たない曲であり、〈泉のほとりで〉や〈オーベルマンの谷〉を単独で取り上げるピアニストは少なくないが、〈ジュネーヴの鐘〉を選ぶ人はそうはいまい。が、私はすばらしい名曲だと思う(たとえばショスタコーヴィチのような人もこの曲を褒め称えている(『証言』で。手元に現物がないので当該ページを示せない))し、このような曲を書いたリストを尊敬せずにはいられない。

 ちなみに、《巡礼の年・第1年》の土台となっているのが《旅人のアルバム》という曲集であり、〈ジュネーヴの鐘〉の原型もそこ収められている。が、主題こそ同じものの、ほとんど別の曲だといってよいもので(https://www.youtube.com/watch?v=DZJVTmPb-VI)、これはこれで面白いものの、私には後年の版の方が格段に好ましい。