記述や説明に終始する楽曲分析は(何かしら学ぶところはあるにしても)あまり面白くない。作品に潜むさまざまな可能性を示すのみならず、読み手が自分なりにそれを探ることをうながすような分析ができないだろうか。もっとも、そうなると「分析」という呼称はふさわしくないのかもしれないが。
「分析」というものは、その対象のありようを明らかにしようとするものであると同時に、それを行う者自身のありよう、ものごとのとらえ方を照らし出すものでもある。その意味で、音楽愛好家にとってもそれは無益なものではなく、むしろ音楽をいっそう楽しいものにしてくれるものとなろう。