2026年7月24日金曜日

メモ(160)

  ジョン・ケィジがサティの《ソクラテス》に基づく《チープ・イミティション》を書いたのは、著作権の都合で前者の編曲をバレエに用いることができなかったからだ。が、だとすると、後者は前者の「編曲」だとはみなされなかったことになる(もし、みなされていたならば著作権料を支払わねばならなかっただろう)。まあ、それは当然と言えば当然のこと。両者の譜面(ふづら)は大きく異なっているからだ。

 では、ケィジの「偶然性」による作品の制作に用いられたアイディアを拝借したとすればどうか。この場合も、結果としてできあがる譜面が全くの別物になるはずである以上、「編曲」とはみなされまい。が、ケィジ作品のある種のものでは、楽譜によるアウトプットに負けず劣らず(場合によってはそれ以上に)元のアイディアが重要であり、作品のアイデンティティに関わっている。となると、そうした「拝借」はcopyrightは侵していないが、authors’ rightsは侵しているのだと考えることもできよう。もちろん、ケィジはそんなことには拘らなかっただろうが。


 今年の夏もとにかく暑い。すると、音楽どころではなくなってくる。が、逆にこんな季節だからこそ聴きたくなるものもある。ケィジの音楽もそうしたものの1つだ。