そして、これは何も集団レヴェルに限ったことではなく、それこそ個人レヴェルでも言えることであろう。一人の人間が成長する中で築き上げてきた「文化」が他者との「分化」をもたらす。そこから生まれる「違い」はそれこそほとんど無視できるような些細なものから、どうにも無視できない大きなものまで千差万別であろう。
が、ともあれ、個人がそれぞれに独自の「文化」を持ち、他人と「分化」されている――言い換えれば、各人が大なり小なり異なる次元や世界に生きている――と考えると、世の中の風通しがよくなり、生きるのがいくらか楽になるように私には思える。「違い」を違いとして認めればこそ、「では、違うもの同士、どうやればうまくやっていけるのか」というふうに話が進む。それを最初から「かくあるべし!」というふうにひとくくりにされたのではたまらない。
そして、その「違うもの同士、どうやればうまくやっていけるのか」という問題に楽しく向き合える1つの場が音楽であろう(ただし、そのためには「劇薬」たる音楽の取り扱いには注意を要するが)。少なくとも私はそう考えている。
以前話題にしたHenle社のベートーヴェンのピアノ・ソナタ新版だが、合本の「序文(Vorwort)」を同社のサイトで見ることができた:https://www.henle.de/media/foreword/0834.pdf
これを各曲が個別に出ている版と比べられたい(例に挙げたのはいわゆる「月光」ソナタ):https://www.henle.de/de/detail/?Titel=Klaviersonate+Nr.+14+cis-moll+op.+27+Nr.+2+%28Mondscheinsonate%29_1062
すると、両者に後者にあって前者にないものがあるのがわかる。すなわち、編者の一人、マレイ・ペライアの文章がそれだ。これがそれなりに面白いことが書かれているので、こちらも読みたいという人は合本ではなく、(お金はかかるが)ばら売りの楽譜を買うか、さもなくば、Henle社のサイトで見るとよかろう。