外国映画の日本語字幕は登場人物が日本語で話しているかのような感覚に観客もたらす。すると、オペラの字幕つき上演でも同様なことが起こっているのかもしれない。そこまでいかなくとも、少なくとも歌の言葉を聞き取る妨げにはいくらかなっているに違いない。というのも、字幕によって歌詞と音楽の結びつきが分断されてしまうからだ。
さりとて、日本でのオペラ上演で今さら「字幕」をなくすのもなかなか難しかろう。そこで、その字幕の言葉を逐語訳にし、なるべく原語の位置とリズムに対応するようにすればどうだろうか。たとえば、’Ich lie-be di---ch.’と歌われている(「-」は音の延ばしを表す)とすれば、そのとき字幕には「私は 愛-する 君---を」というふうに示すというふうに。このようにしても完全に「歌詞と音楽の分断」とその結果としてもたされる「聴き手にとっての歌の器楽化」は完全には避けられないにしても、日本語として「きれいな」訳詞による字幕よりはいくらかマシだろう。ともあれ、よりよい「オペラの字幕」のありようを探ること(これには言語学、脳科学、認知心理学などの知見をも動員する必要があろう)は日本でのオペラ上演にとっては少なからず重要な課題ではなかろうか。