一昨日からヴェーバーン(Anton Webern)の作品番号付き作品を楽譜を見ながら聴き直している。昔はともかく、今の私には彼は必ずしも好ましい作曲家ではない。が、それでもいくつかの曲を現在でも好んでいるし、そうではない作品でも気になるところがまだいろいろある(し、もしかしたら、これまで気づかなかった魅力を見出すかもしれない)。
作品1の《パッサカリア》(1908)はいわばマーラーの長大な交響曲を10分ほどに圧縮したような作品である(この経験があればこそ、のちにヴェーバーンは「極小形式」による作品を書きえたのだろう)。ところが、同年に書かれた作品2の無伴奏合唱曲《軽やかな小舟にて逃れ出よ》になるともはや調性が怪しくなってくる。そして、やはり同年から翌年にかけてつくられた2つの歌曲集ではいわゆる「無調」となり、随分音楽の風景が様変わりしてくる。
昨日、それらの歌曲集を聴いていて今更ながらに面白く感じたのは、無調よりもむしろリズムの扱いである。すなわち、多くの箇所で歌とピアノがわざと合わないように書かれており、それが明確な拍節感をぼかしているのだ。そして、たぶん、「無調」もさることながら、こうしたリズムの処理が演奏者や聴き手を長らくヴェーバーンから遠ざけてきたのだろう。これを一度聴いただけではわけがわからなくて当然である。
だが、彼の作品はどれも短いので繰り返し聴くことは難しくはない。しかも、今や楽譜も録音もインターネットで容易に見聞きすることができる。それゆえ、この手の音楽が苦手な人にはまずはこのヴェーバーンから入ることをお勧めしたい。1つの作品を最低でも10回聴いてみて、もし、それ何かしら興味や楽しいを見出せたのならば、彼に影響を受けた他の作曲家も聴いてみればよいだろうし、逆にどうしてもヴェーバーンには馴染めないというのならば、この手の音楽をそれ以上わざわざ聴く必要はないだろう(他にも面白い音楽はいくらでもあるのだから)。
今日はこれからヴァイオリンとピアノの二重奏の演奏会を聴きに行ってくる。感想はまた明日にでも。