米国の作曲家・ピアニストのスチュワート・ゴードン(1930-)が校訂したドビュッシーの《エチュード集》(Alfred Music, 2015)は種々の資料を比較・検討した上でつくられた実用版である(なので、「自分の指使いを探そう!」と作曲家が序文で述べたこの曲集にもしっかり運指が書き込まれている。なお、ゴードンといえば、同じ出版社からベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲(4巻)の校訂版も出しており、これも原典資料のみならず種々の実用版をも参照したまことに面白くためになる版だ)。
その解説や註にはいろいろと興味深いことが書かれているが、中で「!」と思ったのはソステヌート・ペダルに関することだ。このペダルは今日のグランド・ピアノならば普通に装備されているものだが、ドビュッシーの時代はそうではなく、少なくても彼のピアノにはなかった。それゆえにゴードンはソステヌート・ペダルの使用に注意を促している。つまり、これを使うと作曲者が想定した響きとは異なるところが出てくる、と(なるほど、確かにそうだろう)。もっとも、ゴードンはだからといって、このペダルを使うべきではない、とは言わない(HIPの教条主義的な実践者とは違って)。
ともあれ、このゴードン版はなかなか面白く、やはり優れた実用版である中井版を横に置いて見比べてみると、さらに面白い。そして、改めて元のテクスト、つまり、ドビュッシーの《エチュード集》の面白さと数々の天才的閃きの凄さに唸らされる。