サン=サーンス(1835-1921、今年没後100年)のピアノ曲《6つのエチュード》作品52(1877、https://www.youtube.com/watch?v=goY8Q_nfZWU)は2曲の〈前奏曲とフーガ〉が含まれる(これらは作曲者と親交の深かったアントン、ニコライのルビンシテイン兄弟に献呈されている)。いずれも素敵な曲だが、その2つめ、すなわち第5番イ長調の主唱を昔々、あるところで目にして「おや?」と思った。それはどこかといえば、池内友次郎のフーガの教科書『学習追走曲』(音楽之友社、1977年)だ(ちなみに、「追走曲」は「フーガ」(と書いたら著者に怒られそうだ。「フューグ」と書かないと…)、「学習フーガ」とは池内が学んだパリ音楽院で指導されていた書式のことである)。そして、そこではそれが「トマ」の作としてあげられていた。
この「トマ」とはオペラ《ミニョン》(1866)で知られるアンブロワーズ・トマ(1811-96)のことであり、彼はパリ音楽院で作曲を教えており、対位法のコンクールのためにフーガの首唱をいくつも書いている。そこで後年、調べてみると、デュボワの対位法・フーガの教科書の巻末にあげられた「フーガ主唱集」の中には見つからなかったが、ジェダルジュの『フーガ概論』の巻末には確かに「トマ作」としてあげられていた。ということはつまり、サン=サーンスはこのトマ作の主唱を自作に拝借したことになる。が、初版の楽譜を見ても、そのことは明記されていない。さて、これはどうしたことだろう。まあ、フーガの主唱は「お題」のようなもので、実際の音楽をつくったのはサン=サーンスだから問題はないのかもしれないが、「変奏曲」の場合には主題の作者は明記されるのだから、フーガの場合にそれをあげないのは少し妙な気もする。
ところで、この作品52のエチュード集は作品111とともにまことに洒落た名曲なのだが、いかんせん弾くのが難しい(演奏技術面で、そして、「センス」の面で)ためか、なかなか実演で聴くことができない。今年、これを近場で演奏会で取り上げるピアニストがいたら、私は大喜びで聴きに出かけるだろう。