2024年7月10日水曜日

《まじめな変奏曲》

  メンデルスゾーンはピアノの名手だったが、なぜかこの楽器の独奏曲では大曲をほとんど書いていない。他の曲種ではそうした作品をいろいろものしているにもかかわらず。もっとも、これは彼が「ピアノ独奏曲」で手を抜いたということなのではなく、そこにある種の「役割分担」を自分なりに設定していたということなのではなかろうか。

 さて、そのメンデルスゾーンのピアノ独奏曲の中で一、二を争う傑作が《Variations sérieuses》(1841)である(https://www.youtube.com/watch?v=tb7MnRKOcps)。これは普通、「厳格な変奏曲」と訳されるが、今日ふと思ったのが、「これは不適切訳ではなかろうか?」ということだった。sériuexという形容詞を「厳格」と訳すのはやり過ぎで、「まじめな」くらいでよいのではないか(「謹厳な」でもよいかもしれないが、これも些か難すぎる)。19世紀前半のピアノ独奏用に書かれた変奏曲には軽い感じのものや名人芸を誇示するものが少なくなかったから、メンデルスゾーンはそうしたものとは一線を画する意味でsériuexvariationsが女性名詞の複数形なのでsérieuses)という形容詞を曲名のつけたのだろう。だが、「厳格な」と訳してしまうと、何かそれとは異なるニュアンスを持ってしまうように私には思われる。