ヴァルター・ギーゼキング(1895-1956)はドイツのピアニストだが、ドビュッシーやラヴェルなどのフランスも巧みにこなした。のみならず、「作曲家ギーゼキング」の作品は響きの上では同世代のフランスの作曲家のものに近い(たとえば次のものなど:https://www.youtube.com/watch?v=JFpT69CfI4c)。そのことは彼がフランス生まれで、幼少年期をそこ(やイタリア)で過ごしたことと何か関係があるのかもしれない。
とはいえ、彼のレパートリーの中核をなしたのはやはりドイツ・オーストリアものである。モーツァルトのピアノ独奏曲をはじめて全曲録音したのは彼であるし、突然の死に襲われるまで手がけていた録音はベートーヴェンのソナタ全曲だった(ただし、未完)。それらの録音は今でも十分聴き応えがある。
そんなギーゼキングがパリで演奏会をしたときのこと。アンコールのときに客席から「ショパン!」との声がかかるも、すかさず別の客が「ノン!」と打ち消し、ギーゼキングもバッハのコラールを弾き出したという(以上、矢代秋雄が伝える話)。なるほど、ファンにとっては彼にはショパンが似つかわしくなく思われたのだろう。
しかしながら、ギーゼキングは全くショパンを弾かなかったわけではない。数こそ少ないものの、数曲の録音がある。しかも、その中の《舟歌》作品60などでは、いわゆるショパンらしい演奏ではないものの、実に魅力的な演奏を行っているのだ(https://www.youtube.com/watch?v=3K-TkZEbRTY)。やはりこの人はすごいピアニストである。いずれその録音をまとめてじっくり聴いてみたいものだ。