2024年9月29日日曜日

une écrivaine

  私の娘は妻の連れ子だったので(養子縁組はしたが)血のつながりはない。が、結婚前の妻との交際に伴い、中学1年生の時からの(のちの)娘を知っており、その「つきあい」は約20年にも及ぶ。「血のつながり」など何ほどのものではない(どころか、場合によっては呪われた悪縁のようなものですらある)ということを私は自分の両親との関係から嫌と言うほど思い知らされているのだが、それに比べれば娘とのつながりは「天からの贈り物」である。

その娘が仕事とは別に熱心に取り組んでいるのが、「小説を書く」ことだ(私もいちおう物書きだが、その影響は全くない)。そして、最近の取り組みがこれである:https://note.com/jolly_dill136/n/n82a3da459690。とにかく、「書く」ことが楽しくて仕方がないようであり、そんな娘の様子を見ていると私もうれしくなる。

私自身も「学びたいから学ぶ」「書きたいから書く」でこれまで生きてきた。その結果、未だに自分は何者でもないが、「これでいいのだ」(もちろん、そんな人ばかりだと世の中は回っていかないが……)。私のささやか極まりない文業でも時折読者を得て、何かしら思ったり、考えたりしてもらえる。そして、そこに私は自分のraison d'êtreを実感する。娘もたぶん、そうしたものを求めているのだろう。

ともあれ、人生は山あり谷ありではあるものの、その中で娘が自分なりに少しでも楽しく生きてくれればうれしい

 

ところで、「自分なりに少しでも楽しく生きてくれればうれしい」というのは、何も自分の娘に対してのみ思うことではない。自分も含めて少しでも多くの人がそうであればいいなあと心底思っている。

それゆえ、日々あれこれの暗い報道を目にすると胸が痛む。また、政治家や役人の愚行・悪行を知れば腹が立つ。が、このブログでは、よほど腹に据えかねた場合を除き、いちいちそうしたことは述べないことにしている。自分が正確なところを知らない事柄について、大した根拠もないのにあれこれ言っても意味がない、と思うからだ。日々の思いは自分の生き方の中に活かすしかない。