ジョン・ケージの「偶然性」導入以前の作品は概ね私に取っては好ましく、以後の作品については好きなものもあれば嫌いなものもある(「嫌い」というよりも、「どうでもよい」という言う方が正確かもしれない)。前者については、やはりケージの音楽性に心惹かれているのだろう。
プリペアード・ピアノならぬ普通のピアノ用の作品でとりわけ好きなのが《四季》(1947)だ(https://www.youtube.com/watch?v=KIvCxySgR94)。バレエのために書かれた曲で、管弦楽版もある。この何とも飄々とした音楽を聴いていると、本当に心が穏やかになる。少年時代、高橋悠治の録音(当然、LP盤。そこには他に同じくケージの《チープ・イミテーション》の第1楽章、《メタモルフォーシス》、そして、バッハのトッカータハ短調が収められており、いずれも名演だった。このLP盤、CDで復活しないかなあ)で聴いて以来好んでおり、時折無性に聴きたくなるのだ。
この《四季》の楽譜は現在、Peters社から出ている曲集の中に収められているのだが、高価で私には手が出ない(涙)。また、楽譜の中身も「いかにもコンピュータでつくりました」といった感じの味も素っ気もないもので、それも気に入らない。昔、単品で出ていた頃のものはケージの美しい手書き譜面の写真製版だったはずで、なぜ出版社はこんな「改悪」をしたのだろう?