2021年6月21日月曜日

武満徹の1970年代までの作品を聴いていると

 

武満徹の1970年代までの作品を聴いていると、やはりそこには得も言われぬ魅力を感じずにはいられない。そして、それだけに80年代以降の作品には深い不満を覚えてしまう。たぶん、技術的な完成度は後者の方が高いのだろうが、それが逆に音楽の「縛り」になっているように思われ、私にとってはとにかく面白くないのだ(もちろん、「80年代以降の武満の創作はさらに充実したものになっている」という見方もあろう。私は決してそれには与しないが……)。

私にはこの武満の「失速」が彼個人のことである留まらず、どこか「現代音楽」全体の動向に、さらには第2次大戦後の世界の動向と重なって見える。武満の創作を批評しつつ、そこに1つの時代の始まりと終わりを観て取る――このようなかたちでいつか(言葉の本来の意味での「批判」を含む)武満論が書ければいいなあ、と思う(その「いつか」がいつになるかは皆目見当がつかないが)。

それにしても、1970年代までの武満作品の何と魅力的なことか。そして、それを聴くと己の少年の日の胸の高鳴りが蘇る。