2021年6月14日月曜日

高坂はる香『キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶』

 ご近所図書館でたまたま、高坂はる香『キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶』(集英社、2018年)が目にとまり、借りてきて読んでみた。中村の演奏に対しては人によって好き嫌いが大きく分かれるだろうが、彼女が戦後日本のクラシック音楽シーンのそれなりの役割を果たしてきたことは間違いなく、同書を読むことでそのことを私も再認識できた(私は昔、一度だけ中村の実演を聴いたことがあるが、あまり好きな演奏ではなかった。また、あれこれ録音を聴いても、その印象は変わっていない。今回も「中村紘子デビュー50周年記念コンサート」の動画を見てみたが、やはり私にとっては魅力に乏しい演奏である。が、それはそれとして、この演奏が経験豊富な熟練のピアニストの手になるものだとはわかるし、65歳になってもこれだけの水準の演奏ができるというのは大したことだと素直に思う:https://www.youtube.com/watch?v=NBthhMg0BYs)。

 とはいえ、同書が(生き生きと、だが、素朴に)描き出しているのは、いわば「昨日の世界」である。中村紘子をスターたらしめてきたのはもちろん、本人の才能、資質、努力もあろうが、それに加えて「時代」と戦後のある時期の日本という「場」の作用も少なからずあったろう。だが、今や時代も場のありさまもすっかり変わってしまった。それゆえ、この「変化」をも視野に入れた上で、中村紘子という1人の希有の音楽家が生きた「時代」と「場」をしかるべき「批評/批判」を加えつつ描き出す評伝の登場が待ち望まれる。