ここ1,2日、プロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1番作品80(1938-46)の楽譜をしげしげと眺めていたが、改めて感じるのは、やはり「天才」の作品だということだ。一見したところ理屈では割り切れない瞬間、「何でそうなるの?」と言いたくなる場面がこのソナタの随所にあるが、それらは決して奇を衒ったものではなく、よくよく考えてみれば、収まるべきところにごく自然に収まっている。
この「天才」――おそろしく厳しい時代と環境の中で生き抜いた人――の音楽は天真爛漫であって、ひねくれていない(が、そこには紛れもなく「批判」精神がある)。それゆえ、私はそれを愛さずにはいられない。そして、そこからこの難儀な時代を生きる上で何かしらの力をもらっている。