以前から気になっていたルイージ・チェントラ、小瀬村幸子『伝統のイタリア発音――オペラ・歌曲を歌うために――』(東京藝術大学出版会、2010年)にようやく目を通すことができた。
同書の「売り」は後半に収められた「イタリア語の詩句の朗唱」という章であろう。確かにこれは普通のイタリア語の教科書では知りようのない事柄であり、とても勉強になった。
が、その前のイタリア語の発音に関する説明は些か簡略すぎるかもしれない。というのも、同書には発音記号が一切用いられていないし、調音に関する説明もほとんどなく(にもかかわらず、いきなり「歯茎側音」などといった術語が登場する)、あれば便利な図がない。ただ、これは1つには同書がイタリア語をすでに何かしら学んだ人を読者として想定していることによるようだ。そして、何よりも耳を頼りにお手本(付属のCDに収められた)を徹底的に真似することを重視しているからのようだ。
生徒の耳が鋭敏で、また、きちんと指導できる教師がいるところ(つまり、東京藝大)ならば、この『伝統のイタリア発音』はしかるべき効果をあげるのかもしれないが(本当のところ、どうなのだろう?)、その他の音大、芸大だとどうだろうか。同書を使ってみた人の感想を聞いてみたいところだ(私個人の意見としては、同書は前半の発音の基礎の部分をもっと詳しく説明し、練習課題も工夫した方がよいと思う)。
ところで、日本語による外国語の教科書で発音に特化したものが出されるようになったのはそれほど昔のことではない。イタリア語に関していえば、私の知る限りではCh. ザンボルリン、水野留規、F. ミッショ『イタリア語発音トレーニング』(白水社、2013年)しかない。しかも、現在品切れである(同書はなかなかの良書だが、イントネーションの記述をもっと増やしてリズム・グループについても説明したかたちでの新版が出ればよいと思う)。また、世界の中で使用者の多いスペイン語の発音教科書がないのは残念。
西洋音楽に関していえば、上のイタリア語の唱法以外にドイツ語についての書はいくつかあるが、残念ながらフランス語について体系的に書かれたものは見たことがない。これはあってしかるべきだと思う(あと、スペイン語とロシア語についてのものも欲しい)ので、その道の専門家に期待したい(先日、次の論文をたまたま見つけたが、この著者が本を書いてくれないものだろうか:file:///C:/Users/fuicharo/AppData/Local/Temp/NUE50_1_59.pdf)。