サン=サーンスはピアノの極めつけの名手で、少年時代、リサイタルのアンコールで聴衆にベートーヴェンのソナタをどれでも弾いてみせますと言ったという。1835年生まれだが長生きしたので録音もあるが、まあ、達者なものである。そして、何という趣味の良さ!: https://www.youtube.com/watch?v=MA1ffxiCOU8。
このような人だけに、ピアノ協奏曲は5曲も書いているが、いずれも名曲である。これが先にあげた録音で示されているような趣味の良さと技術で弾かれるならば、聴き手はたちまち魅了されることだろう(ちなみに、サンーサーンスの第5協奏曲を深く愛し、自身の協奏曲のお手本としたのがラヴェルである。そして、両者のお手本はモーツァルトだった)。
ところが、サン=サーンスはピアノ独奏曲ではソナタを書いていない。ヴァイオリン、チェロ、種々の管楽器のためのソナタはつくっているわけだから、この曲種を嫌っていたわけではなかろう。だが、自身が巧みに弾きこなせる楽器のための独奏曲として、サン=サーンスは小品(集)しか作曲しなかった(この点は愛弟子のフォレも同じ)。これはたぶん、「ピアノ」という楽器に対して自身が持っていた理想やイメージが「独奏ソナタ」という曲種と合致しなかったからではないか?
だとすれば、サン=サーンスに「ピアノ・ソナタ」がないのを残念がるまでもなく、のこされた珠玉の小品、絶品のピアノ曲の数々を楽しめばよいわけだ。たとえばラヴェルなどを好んで弾く人、聴く人ならば、たまにはサン=サーンスのピアノ曲もどうぞ。