今年は奇才フリードリヒ・グルダ(1930-2000)の生誕90年、没後20年である。レコード会社の「商売」の好機(グルダは20世紀後半を代表する「ベートーヴェン弾き」でもある)のはずなのにこれといった新譜(もちろん、過去の録音)は出ていないようだ。まだ彼のファンは少なからずいると思うのだが……(もしかしたら、あれこれ権利関係がややこしいのかもしれない)。
グルダはクラシック音楽の優れたピアニストであるに留まらず、ジャズ・ミュージシャンとしても活躍し、両者の垣根を取り払って全く自由な活動を繰り広げた。それだけに、今でも十分に人々の興味を引くものが彼にはあるのではなかろうか。事実、彼の作品は今でも(いや、むしろ生前よりも没後の今の方が)あれこれ演奏されているし、ぽつぽつ彼に関する書物も出ている(私ももう10ほど若ければ、「グルダ研究」に志したかもしれない)。
グルダ若き日のエッセイ『音楽への言葉』はかつて邦訳があった(現在は絶版)。その後、グルダのパートナー、ウルズラ・アンダースが編集・増補した新版が出ているので、ここからもう少し読みやすい新訳がなされればよいと思う(誰か挑戦してくれないかなあ。私ももう10ほど若ければ……)。また、『グルダの真実――クルト・ホーフマンとの対話』(田辺秀樹・訳、洋泉社、1993年)は名著、名訳だったので、これはグルダの「今日的な意義」について新たな解説をつけて文庫版で出せば、それなりに読まれるのではないだろうか。