2025年2月10日月曜日

ケクランの『和声の変遷』の原典は『和声法』に非ず

  『ウィキペディア』の「シャルル・ケクラン」の項を見ると、邦訳書『和声の変遷』(清水脩・訳、音楽之友社、1962年)について、「この本はケクランによる『和声法』(全3巻)から、第2巻の「和声の変遷」だけを訳したものである」という記述があるが、これは誤り。訳者の清水はきちんと原典の名をあげているのだから、それをそのまま写せばよいのに、なぜ、『和声法』云々ということが述べられているのだろう? 確かに両者の内容には重なる部分も少なくないが、目次を見比べるだけでも違いは歴然としているのに(ついでにいえば、ケクランの邦訳書として、同じ清水が訳した『対位法』があげられていないのも残念)。

 それにしても、この『和声の変遷』は名著なのに版が途絶えたままなのは惜しい(ケクランはフランスの人なので、上掲書の記述はフランス音楽に多くの紙幅が割かれている。たとえばドイツ・オーストリアの人が同類の書を書いたならば、もう少し記述のありようは異なっていただろう)。ただ、これを再版するよりもむしろ、『和声法(和声概論)』の第2巻第12章を新たに訳出した方がよいかもしれない(本当は『和声概論』の全訳が好ましいのだが、さすがにそれを出してくれる出版社はなかろう)。たぶん、多くはないにしてもこれを歓迎する読者はそれなりにいると思われるので、その道の専門家と出版社に期待したい。