今年はラヴェル・イヤー(生誕150年。「それだけしか経っていないのか!」とつい思ってしまうほど、私の中で彼は「古典」の作曲家に位置づけられている)。それゆえ、作品をあれこれ楽しく見(聴き)直している。
先日、春秋社から出ている森安芳樹校訂のピアノ曲集を久しぶりに見てみたが、やはり凄い。まことに緻密な「校訂報告」には初版の比較検討結果のみならず、独自の見解もいろいろと述べられており、編者の透徹した楽譜の「読み」にはただただ圧倒される。また、「演奏ノート」も作品を読み解く上で大いに参考になる。
中には種々の資料にはないにもかかわらず、作品の前後関係から採用されている音もある。たとえば、《鏡》第1曲第120小節冒頭和音の最上音がそうなのだが、それは1つの解釈として十分説得力を持っている(ただし、この場会、従来の諸版に記されている音が正しいものである可能性も十分あるので、変更は1つの案として脚註で示した方がよかったかもしれない)。
その後、ラヴェルの原典版楽譜はいろいろ出版されているが、森安版はそれらに引けを取らないものであり、価格と入手のしやすさという点では勝っている(第2巻は今品切れだが、じきに新装版が出ることだろう)。同じ国内版では全音版も悪くはないが、楽譜の見やすさも含む総合点で私ならば森安版を採りたい。
森安氏が編集した楽譜には他にもアルベニスやシマノフスキなどがあり、いずれもすばらしい。氏は(今日の平均余命からすれば)若くして亡くなっているが、もっと長生きして他にもいろいろと楽譜の校訂をしていただきたかったものである。
同じ春秋社の楽譜でも、この森安版に比べて些か残念なのが、別の編者の手になるスクリャービンの楽譜だ。「ピアノ曲全集」という企画自体はすばらしく、有用性という面でも(わたし含めて)恩恵に与っている人は少なくないはずだ。それだけに少なくない楽譜の誤記は是非とも改めてもらいたいものだし、今となっては内容面で古くなった解説もアップデートすればよいと思う(と、全7巻を購った1ユーザーとして言いたい)。幸い、編者の1人はまだ存命なのだから、これは実現可能なはずだ。そして、そうであってこそ、「スクリャービン(ピアノ曲)全集」というこのすばらしい企画の意義は高まり、これからも多くの利用者を得続けるに違いない。