昨日話題にしたサンソン・フランソワのアルバムでスクリャービンの第3ソナタとプロコフィエフの第7ソナタを収めたものがある。おや、どこかで見た組み合わせだと思ったら、グレン・グールドがまさにこれでアルバムをつくっているではないか。もしかしたら、グールドはフランソワのアルバムを知っていたのだろうか? それとも偶然の一致か?
両者には表面では演奏スタイルの共通点は全くないが、「作品を生きる」という点では相通じるところがあろう。グールドの演奏では作品はしばしば独自の視点から「再構成」されているが、それがたんなる知的遊戯や「つくりごと」に終わらないのは、コンセプトの見事さもさることながら、それを彼がその都度の演奏で「生きて」みせているからではないだろうか(それゆえ、グールドのコンセプトだけを真似しようとしてもうまくいかないのは必定。それは彼のリアルな演奏と切り離せないものだから)。
たぶん、グールドを好む人ならば、フランソワの演奏にも何かしら感じるところがあるのではないだろうか。そして、その逆もまた。