2024年2月25日日曜日

何の引っかかりも残さない音楽

  最近ラジオで近作の「現代音楽」作品をいくつか聴いた。いずれもまことによくできており、聴いていてほとんど何の不満も生じない。それどころか楽しかったとさえ言える。にもかかわらず、それらの作品はこちらに何の引っかかりも残さない。だから、もう一度聴いてみたいとは思わない。これはいったいどうしたことか?

 昨今の作曲家たちの音を扱う技術の見事さにはただただ驚かされる。1970年代くらいまでの「前衛」が不器用にやっていたことを彼らはいともたやすく、格段に効果的な作品に仕上げてしまう。もちろん、それはそれでけっこうなことではある。が、そうした「技術」でもって「何」をしたいのかが私にはあまりよくわからない。わかりたいという気持ちはある。が、自分の実感を無視したいとも思わない。となると、やはり、他にもいろいろ聴いてみるしかなさそうだ。

 

2024年2月19日月曜日

音楽の「聴き方」と「語り方」のリセット

  友人のピアニスト、呉多美さんの企画・主宰でちょっと面白い試みが始まった。それは次のものだ:


 

その誕生のきっかけについてはご本人の文章を読まれたい:https://ameblo.jp/fluigelmusikakademie/entry-12839755823.html

 そのリンク先にある呉さんの文章にある、「せっかくコンサートに出かけても実技試験的に聴いてしまう自分を見つけては聴き方が貧しすぎて、もはや職業病だなぁと自嘲…」云々という件は私にとっても他人事ではない。先月もある演奏会でまさにそうした聴き方――つまり、「ここはこうすればもっとよくなるのになあ、あそこは……」といった類のこと――をしてしまったのだが、後で振り返ってそんな自分が嫌になってしまう。そして、こう思うのだ――たとえ自分の価値観からすれば高く評価できない演奏であってもそれを聴く機会を偶さか得たのならば、そこに何かしら美点や学べる点を見つけることができ、楽しむことができれば、自分にとって音楽はいっそう有意義なものになり、人生もさらに充実させることができるだろうに、と。

 ともあれ、こうした場というのはなかなかありそうでないし、 演奏する人にとっても、聴く人にとってもそれなりに意味のあるものになりうるのではなかろうか。実は昨日が第1回であり、まだまだ試行錯誤の段階ではあるが、これからの展開の手応えを感じた。ただ、もちろん、それにはその都度、場を積極的に一緒につくりあげていく人たちの参加が欠かせない。というわけで、興味をお持ちの方は是非!(ちなみに、次回は4月21日)。

2024年2月16日金曜日

今月の「100分 de名著」

  今月はNHKの「100 de名著」を観ている。取り上げられているのがリチャード・ローティの著作であり、「指南役」が哲学をまさに日々実践している哲学者、喜哲さんだからだ(https://www.nhk.jp/p/meicho/ts/XZGWLG117Y/blog/bl/pEwB9LAbAN/bp/poVnBqWgLo/)。すでに2回放送されているが、いずれの回も実に見応えがあった。再放送もあるので、未見の方は是非!

 

 ところで、朱さんは昨年、『〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす: 正義の反対は別の正義か』(http://www.tarojiro.co.jp/product/6397/)という著作を世に送り出しているが、これも「名著」である。書名にある「乗りこなす」という文言がミソで、同書で説かれているように考えてみれば、日々の暮らしの中にあるいろいろな息苦しさは何かしら軽減されるのではなかろうか。

 なお、同書は音楽(をめぐるコミュニケーションの問題)のことを考える上でも示唆に富んでいる。というわけで、これを活かして私も自著を書かねば……。

2024年2月9日金曜日

グヴィズダランカ『現代ポーランド音楽の100年――シマノフスキからペンデレツキまで――』

  いわゆる「現代音楽」を含む20世紀の音楽に興味がある人でも、その時代のポーランドの作曲家や作品について多くを知っている人はほとんどいまい(かく言う私もそうだ)。が、ルトスワフスキをはじめとする何人かの優れた作曲家とその作品を知る人ならば、他のポーランドの作曲家についてもあれこれ知りたいと思うのではなかろうか(私もまた)。そんな人にとって、格好の本が出た。ダヌータ・グヴィズダランカ『現代ポーランド音楽の100年――シマノフスキからペンデレツキまで――』(白木太一、重川真紀訳、音楽之友社、2023年)がそれだ(https://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?id=112170。ちなみに、同書を私は訳者の1人で気鋭のポーランド音楽研究者、重川真紀さんからいただいた。どうもありがとうございました)。

同書は書名に示された内容をまことに手際よく、かつ、魅力的な筆致で述べており、一読すればポーランド音楽への興味がいっそう深まることだろう。私も読みながら、あれこれの作品を聴いてみたいと思った。昔ならばそれは絶望的に難しかっただろうが、今やインターネットのおかげでかなり容易になったがありがたい(実際に何人かの作曲家の作品を試してみた)。というわけで、皆様も是非、お試しあれ。

ところで、「訳者あとがき」によれば、同書原本は「2018年にポーランドが独立回復百周年を迎えるにあたり。ポーランド音楽出版社(PWM)のイニシアティヴのもと、国内外の文化研究機関が連携しながらこの百年間におけるポーランド音楽の歩みを広く紹介する「百年百曲。音楽と時代と自由と」というプロジェクトの一環として出版された」(同書、188頁)ものだという。なるほど、(少なくとも近現代においては)周囲の大国に蹂躙・翻弄された歴史を持つポーランド――すなわち、国の内と外の両面で自己のアイデンティティを強く示す必要に迫られ続けてきた国――ならではの事業(この邦訳書は「駐日ポーランド大使館、ならびにポーランド広報文化センターから出版のための助成を受けた」(同、191頁)とのこと)と言うべきか(この点ではショパン・コンクールやショパンの「ナショナル・エディション」(いわゆる「エキエル版」)も同様)

他方、2018年といえば、わが日本も「明治150年」を祝って(?)いたはずだが、音楽文化面でどんな有意義な事業がなされたかがとんと思い出せぬ。 「たかが音楽」と言うなかれ。こうしたことは一事が万事である。諸外国に比べて文教予算を大いにケチっている国家の未来は決して明るくはない。

2024年2月5日月曜日

池内友次郎の対位法とフーガの教本がリニューアル復刊

  池内友次郎の対位法とフーガの教本3冊が音楽之友社から復刊された(https://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/result.php?author=%E6%B1%A0%E5%86%85%E5%8F%8B%E6%AC%A1%E9%83%8E)。ただし、オリジナルのかたちではなく、今日の読者向けにリニューアルされている(https://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?id=105240)。

 この「リニューアル」は一長一短だと思う。まず、第1点、「譜例のハ音記号をト音記号やヘ音記号に変換」というのは、なるほど、初学者にとっては便利ではある。が、ハ音記号にもそれなりの利点があるわけで、それを捨てるのはいかがなものか。ハ音記号を使えば、譜面(ふづら)上、バス(これはへ音記号)とテノールの、そして、アルトとソプラノの最低音と最高音は同じところに記される。つまり、声部の違いに関わらず記譜上の音域は(ほぼ)同じ場所になるわけで、これは音を実際に扱う上でわかりやすい。その点、テノールにヘ音記号、アルトにト音記号を用いればそうはいかないし、加線の数も増えて譜面が煩雑になる。また、ソプラノ記号、アルト記号、テノール記号(いずれもハ音記号を用いるが、五線上の位置が異なる)が読めれば、移調楽器の楽譜を読むのに役立つ。確かに最初は慣れるまでに時間がかかるかもしれないが、その苦労は十分に報われよう。

 リニューアルの第2点、「文語的な文章表現を変換」というのは学習者にとっては大いにけっこうなことだと思う(ただし、泉下の著者(高浜虚子の子息で、俳句でも一家を成した人物)には少なからず不満はあるかもしれない)。また、第3点、誌面デザインの刷新」というのも読みやすさの点で好ましい。

 もっとも、このリニューアル復刊の意義は、私には正直なところまだよくわからない。というのも、対位法については山口博史『パリ音楽院の方式による厳格対位法』という好著が同じ出版社から出ており、こちらの方が池内のものよりも有用だと思われるからだ(池内の『二声対位法』については、細かい説明の点で、音楽之友社版以前に全音楽譜出版社から出ていた『対位法講義 第Ⅰ部 二声』の方が格段に親切だ)。が、その山口本と併用すればよい結果が得られるかもしれない。また、『三声-八声対位法』と『学習追走曲』(新版では『学習フーガ』)は長らく版が途絶えていたので、その点でも同書に触れたかった人にとって復刊は有意義であろう。

 なお、私の全く個人的な考えだが、池内の一連の教科書で復刊されるべきは、むしろ『和音外音』であり、また、『和声実施集』ではなかろうか(なお、前者については課題の作成者、野田暉行による解答例を同氏の『和声100課題集』(https://www.teruyuki-noda-officeoversea.com/%E5%95%86%E5%93%81%E7%B4%B9%E4%BB%8B/#cc-m-product-12456715787)の「付録」で見ることができる)。後者については第三者による詳しい分析と解説が付けられれば、いっそう有用なものとなるはずだ。