米国のピアニスト、ジェレミー・デンク(1970-)が奏でるリゲティとベートーヴェンのCDを久しぶりに聴く(Nonsuchレィベル。もはや生産中止)。これは前者のエチュード2巻の間に後者の第32番のソナタを挟んだもので、いずれもなかなかに素敵な演奏だ。
そのベートーヴェンを聴きながら、第2楽章(https://www.youtube.com/watch?v=hViZ5mmczuU)について、改めて何とも不思議な音楽だと感じた。とりわけ、第74小節以降(上記のリンク先で8’25”から)は作曲当時の聴き手にとってこれは異次元の音楽だったろうし、現在の聴き手にとってさえそうだろう。ベートーヴェンの音楽といえば、何よりもその「構築性」が高く評価されているが、この楽章の魅力はそれだけでは到底とらえられまい。
ベートーヴェンがこのような音楽を生み出し得たのは、1つには難聴が与っているかもしれない。すなわち、耳がよく聞こえないからこそ、頭の中で鳴り響く音は現実の諸々の事情に縛られることなく自由さを増し、かような不思議な音の世界が形成され得たのではなかろうか。
ともあれ、この摩訶不思議な音楽を聴くたびに、自分も現実世界を離脱させられ、異次元世界に引き込まれてしまう。もちろん、それはよい演奏で聴くときに限られるが、デンクの演奏はまさにそうした演奏の1つだ。