2025年3月8日土曜日

もちろんラフマニノフは「十九世紀ロマン派の音楽家」などではない

  かつて音楽史におけるラフマニノフの扱いは酷いものだった。たとえば、次のように――「まったく、十九世紀ロマン派の音楽家だ。そうして、ピアノ協奏曲にしても、チャイコフスキーの後塵を拝しているにすぎない」(『吉田秀和全集・第7巻』、197頁。なお、この一節は1961年に刊行された『私の音楽室』中のもの。それゆえ、その後、同書の著者が考えを改めている可能性はあろうが、その点は未確認。あくまでもかつてこういう意見があったということを示すためにのみ引用した)。だが、今やこんな馬鹿げたことを言う人はいないだろう。ラフマニノフは(19世紀のものを多く受け継ぎ、創作に活かしていることは間違いなにいしても)れっきとした20世紀の作曲家であり、彼の作品には独自性がしかと刻印されているのだから。

 先の引用でチャイコフスキーの名が出てきたが、その有名なピアノ協奏曲第1番とラフマニノフの第2番を比べてみれば、後者が決して「後塵を拝しているにすぎない」わけではないことはいろいろな面から容易に見て取れる。たとえば、第1楽章主要主題が弦楽器によって奏でられるときのピアノの音形。チャイコフスキーなどの19世紀の作曲家ならば、こうした場面ではもっと規則的ですっきりした書き方をするものだが、ラフマニノフはそうはしてしない(次の動画の楽譜を参照:https://www.youtube.com/watch?v=3x0SSK_UWxU)。それはかなり複雑な動きをしており、独特の「うねり」を生み出している(このくねくねした曲線を見て、同時代の美術のユーゲント・シュティールやアール・ヌーヴォーを思い浮かべるのは私だけではあるまい)。この箇所以降にも「十九世紀ロマン派の音楽家」の流儀とは異なるもの、そして、もっとのちの時期のいっそうモダンな作風に繋がる要素がいろいろと見つかるはずだ。