ところが、そんな《スペイン奇想曲》は今やなかなかの人気曲になっている。たとえば、先日ここで話題にした広瀬悦子のCDでも取り上げられていて名演を聴くことができるし、スティーヴン・ハフのものすごい演奏の録音もある(彼の演奏は間違いなくホフマンのものを下敷きにしている)など、とにかく普通のレパートリーとして復活を遂げたのだ。
このように近年「復活」した作品は他にもいろいろあるが、それは「埋もれた」作品の鉱脈の中のごくごく一部にしかすぎない。もちろん、そのすべてが発掘に値するものだというわけではなかろうが、それでも少なからぬ名曲がまだまだ知られずにあるのは間違いない(と断言できるのは、金澤攝さんの発掘作業を(ごく一部にすぎないとしても)傍らでずっと見てきたからだ)。ならば、それを利用しない手はなかろう。限られた演目であまり報われない過当競争を繰り広げている演奏家にとっても、お決まりの演目の似たり寄ったりの演奏に飽き飽きしている聴き手にとっても、それは有益であろう。作曲家の数はまことに多く、作品は膨大にあるのだから、企画と組み合わせ次第であまり他者と競合することなく演奏家は独自の活動を行うことができるはずだ。
昔ならばそうした作曲家や作品の情報や資料を集めるのは極めて難しかった。が、今やインターネットでかなりのことがわかる(完全に埋もれているものについてはその限りではないにしても)。それゆえ、「その気」さえあれば、ある程度は個人で何とかなるものだ。が、それはそれとして、演奏家養成を行っている音楽大学や芸術大学などにそうした「埋もれた作品の発掘法と活用法」についての講義や実習があればよいと思う。それは若くてまだ頭が柔軟な学生にはさぞかし有益なものになろう。
もし、小松左京(あの名作『復活の日』の作者)が存命だったならば、今回のコロナ・ウイルス禍、それへの世界各国の対応、そして人々の反応をどう見るだろうか。
もし、小松左京(あの名作『復活の日』の作者)が存命だったならば、今回のコロナ・ウイルス禍、それへの世界各国の対応、そして人々の反応をどう見るだろうか。