2020年10月17日土曜日

オルテガの『大衆の反逆』の新訳

  最近、書店でオルテガ・イ・ガセットの名著『大衆の反逆』の新訳(佐々木孝・訳)が岩波文庫から出ているのを見つけた。数カ月前にすでに出版されていたのだが、見落としていたのである。

 オルテガの数ある著作の中でもこの『大衆の反逆』は飛び抜けて人気が高く、すでに複数の翻訳が出ているが、今回の文庫版には既訳書にはなかった「英国人のためのエピローグ」(Taurus社のObras Completas第Ⅳ巻で約70頁にも及ぶエッセイ)も収められていた(白水社版には「フランス人のためのプロローグ」は収められているが、ちくま学芸文庫版にはこれもない。が、この「プロローグ」と「エピローグ」は後から別に書かれたものだから、それがなくとも本文に影響はないわけだ。なお、訳文の読みやすさとしてはちくま版の方が上だと思う)。というわけで、これは翻訳が済んで心に余裕ができたら読んでみたい。

 ところで、その他のオルテガの著作の翻訳もいろいろあるが、それらについても新訳を期待する読者はそれなりにいるのではないだろうか。私個人の興味でいえば、種々の芸術論を1冊にまとめたもの(これもかつて、白水社版があった)などあって欲しいし、また、浩瀚なエッセイ集(精確に言えば、オルテガの「個人雑誌」)『観察者(El espectador)』(Obras Completas第Ⅱ巻で約850頁に及ぶ!)も今でこそ読者を得られるように思う(この『観察者』はかつて、西澤龍生氏が3冊に分け、いずれも異なる書名をつけ、異なる出版社から出している。当時としては画期的な訳業ではあったが、今ならばもう少し平明達意の訳が望まれるところだ)。

 今から20年近く前、私はオルテガに興味をいだき、その芸術論を勉強したことがあった。残念ながら彼にとっての芸術は「造形芸術」であって、音楽にはほとんど関心がないようだったが、それにもかかわらず、オルテガの「音楽論」はなかなかに鋭く、私は拙著『黄昏の調べ』の中で一箇所借用した。ともあれ、20世紀の芸術を考える上でオルテガはそれなりに重要な存在であるとの私の思いは今でも変わらない。もう20ほど若ければ研究したいところだが、さすがにもはやそれは叶わない。というわけで、誰か若者がオルテガの芸術論に取り組み、その成果を示してくれることを期待しよう。