ロベール・カサドシュ(1899-1972)といえば、「作曲家直伝」ということでラヴェル作品の演奏が高く評価されている。また、モーツァルトの演奏もすばらしいし、サン=サーンスの協奏曲の演奏も見事だ。が、「作曲家」カサドシュの作品を聴くと、必ずしもそうした「古典」的なものに収まりきる人ではないことがわかる。何か独特のパッションが彼の作品の、そして、演奏の随所からはにじみ出ているのだ。
それゆえ、そんなカサドシュの弾くドビュッシーもなかなかに味わい深い。たとえば、前奏曲集第1巻第1曲〈デルフィの舞姫〉を聴くと、その何とも軽やかな足取りにはっとさせられる。垂直の響きを決して軽んじているわけではなく、たっぷりとした響きを伴いつつも音楽がどんどん前へ前へと進んでいく(同じフランス人で現代の名手たちの演奏を聴くと、「サウンド」重視で一瞬毎の響きをまことに緻密につくりあげており、それはそれでけっこうなのだが、その分、どこか足取りも重くなっている)。が、たんに軽やかなだけではない。そこには何とも微妙なリズム感があり、陰影がある。
それだけに、カサドシュがドビュッシーの《エチュード集》を録音してくれなかったのは至極残念。だが、他の主要ピアノ作品については録音を遺してくれているわけだから、大いに感謝しつつこれからも楽しませてもらうことにしたい。