2024年10月15日火曜日

凡人には見えないものが……

  「天才」の属性の1つとして「凡人には見えないものが見え、感じられないものが感じられ、それを具現化できる」ということがあげられよう。この意味で八村義夫(1938-85)は紛う方なき天才であろう。そのことは何よりもまず彼の作品から強く感じられることだが、凡人には奇矯に見える言行からもうかがえることだ。

八村はピアノを愛した作曲家だが、「毎日朝から晩までピアノを弾いてる」こともあったとか。では、そのとき何を「弾いて」いたのか? 驚くべきことに『ハノン』だというのだ。八村曰く、「ありゃ名曲だぜ」(池辺晋一郎『空を見てますか… 1』、新日本出版社、2003年、85頁)。そのとき彼は凡人には聞こえない何かをそこに聴き、感じ取れない何かを感じ取っていたに違いない。そして、それはもしかしたら作品に活かされたのかもしれない。

今年は夏が異様に長かったので、彼岸花も割と最近まで咲いていた。毎年、この妖しい美しさを持つ花を見るたびに、八村の名曲《彼岸花の幻想》(1969)(https://www.youtube.com/watch?v=unLdShaqBtM)が思い起こされる。まさに「天才」にしか書けない作品であろう。

ところで、八村は寡作家で、公表された作品は20曲に満たない。それほどまでに、1つひとつの音を徹底的に吟味していたということか。彼は松本民之助の弟子で、基礎は「松本作曲教室」でたたき込まれたようだ。その結果、たんに書くだけならば、実に短時間で曲を仕上げることができたという(坂本龍一もそうだったとか)。だが、もちろん、そのようにして書ける曲など彼にとってはどうでもよく、その先にあるものを求めて己の身を削るようにして作品を書き上げていったわけだ。

それゆえ、そんな八村の作品を聴くと、私は良くも悪くも圧倒されてしまう。「良くも」というのは作品のすばらしさに感動するからであり、「悪くも」というのは聴いていてしんどくなるからだ。だから、滅多に聴くことはない。が、これからも聴き続けることだろう。