今年7月に音楽之友社から出た『永冨正之 課題集――和声・フーガ・ソナタ』(https://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?id=102260)の現物をようやく見ることができた。永冨の和声課題とフーガ主題とそれぞれの実施例、そして「学習」ソナタの主題が掲載されており、門下生たちによる詳細な解説も付けられている。書名にある実技を学び、身につけようとする人たちにはまことに有益な書だと思われる。私もいずれ購いたい。
ところで、その書ではいわゆる「藝大和声(島岡)」方式の記号が用いられていた。ちなみに、永冨は池内友次郎門下かつフランスで学んだ人であり、彼の門下生たちもその流儀を受け継いでおり、フランス留学者も多い。そして、今の藝大では藝大式記号はフランス式記号に取って代わられている。にもかかわらず、同書でわざわざ前者の記号が用いられていることに私は少なからぬ興味を覚える。
フランス式記号にせよ藝大式記号にせよ、長所もあれば短所もある。どちらか一方が決定的に悪いとか不便だとかいうことはなかろう。だが、作曲以外の演奏や音楽学、あるいは音楽教育の学生、のみならず、作曲の学生にとってさえ、機能調性を学ぶには藝大式記号の方が格段にわかりやすいのは確かである。そして、同書の監修者たちもそのことがわかっているから、藝大式記号を用いたのではなかろうか? ともあれ、この問題は一度きちんと論じられてしかるべきだと思う。どちらか一方の記号を悪者扱いするのではなく、それぞれの「使えるところ」をうまく活かす道を探るために。