昨日少しだけ触れたサバネーエフのスクリャービン本だが、作曲者との親交の中で直接見聞きしたことが述べられているという意味では貴重なドキュメントである(それゆえ、同書の邦訳出版は画期的なことだった)。が、だからといって、それを鵜呑みにしてはいけないのもまた確か。まず、そこにはサバネーエフの主観が入り込んでいるし、スクリャービン自身の言葉もどの程度まで真に受けてよいものやら。
これは何も同書に限ったことではなく、一般に「自伝」や「私はその人と親交があり、いろいろなことを聞かされている」という著者による本には注意が必要だ。もちろん、だからといってその手の本に価値がないと言っているのではない。それは貴重な一次資料である。が、そうしたものは批判的に読み解かないと、作者の術中に嵌まってしまう。
が、それはそれとして、自伝や聞き書きの類には実証的な研究書にはない面白さがある。たとえば、アルトゥール・ルービンシュタインの自伝などには、しばしば、「ホンマかいな?」と思いながらも、その話術に惹きつけられてしまう。実際にはそこで語られていることにはいろいろ思い違いや虚偽が含まれているのだが、それも含めて著者の話芸を楽しんでいるのだ。「もしかしたら、真実は人の数だけあるのかもしれないなあ」と思いながら。